*p1*[格ゲー][data]格闘ゲームは衰退していない――売上げデータから検証する

**格闘ゲームは「衰退」した――売れ行きの下降



 所用で、格ゲーについてのデータを調べていたら、そこそこに面白そうなデータが作れたのでちょっと、張っておきます。*書いている当人は、格ゲーについては、そこまで熱心なプレイヤーだとは言えないので、間違ったことを書いていたら、disる前にサクっとつっこんでいただければ幸い。本人の脳内整理のために書いています。

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 さて、「ストリートファイターIIのブームからはじまった格闘ゲームブーム((ストIIが格ゲーの始祖である、という意味ではない。むしろ、格ゲーの「起源」とは別に、ストIIを契機にはじまるブームのことを指している))は、90年代におおいに盛り上がった……が、00年前後にはほぼ消滅した」というのが格ゲーというジャンルに関するごく一般的な認識だろう。ゲームセンターでの筐体の供給率や、稼働率のデータはちょっと入手が難しいのだが、国内の家庭用ゲームへの移植版の売れ行きをおってみれば、こうした認識に沿った状況はほぼ簡単に確認することができる。
 ストリートファイターシリーズのの国内家庭用ソフトの売れ行きを見てみよう。



 92年のストリートファイターIIを頂点にして、わかりやすく落ちている。
 同じく、カプコンの2D格闘ゲームシリーズ、ヴァンパイアシリーズも、わかりやすく数を落としている。



 アーケードでストIIがリリースされたのが91年。翌92年にSFCに移植されて290万本の売上げを誇り、その後SFCでリリースされた「ストII」と冠するタイトルはいずれも、ミリオンを突破している。だが、その後のストZEROシリーズは売上げを下降させていく。こういった格闘ゲームの「衰退」は、ストリートファイターIIに限らず、ほとんどあらゆる対人格闘ゲームのジャンルで確認することができる。多くの日本のゲームプレイヤーが、格闘ゲームは「衰退した」と思っているし、その実感を裏付けるだけの確個とした状況もある、と言えるだろう。

**格闘ゲームは「衰退」していない――世界での売上げ



 …しかし、実は、上記のような「格闘ゲームが衰退した」という認識は、必ずしも全肯定できるものではない。
 なぜか、といえばそれが日本の格闘ゲームの状況だけを元に発言されたものであるからだ。
 実は、先ほどの日本の主要な格闘ゲームの家庭用タイトル売上げに全世界での売上げを足し合わせてみると、格闘ゲームが衰退した、などということは全世界レベルでは、とても簡単に言えない、ということがわかる。下記は、ストII、鉄拳、バーチャなど海外展開されている格闘ゲームの世界での売上げ状況を、みたものだ((データが入手可能だったもののうち、ワールドワイドで50万本未満の売れ行きのものは割愛した。))。




 これを見てもらえればわかる通り、確かに92年のストIIのブームは壮絶なものがあるが、ストIIブーム以後の世界での売上げを見てみると、実は日本国内での顕著な売上げ減少傾向に比べると、世界的には格闘ゲームジャンルの売上げはゆるやかな下降傾向ではあるが、そこまで大きく落ちてはいない。日本では、対人格闘ゲームというジャンルはもはやまともな商売にならないのではないか、と思えるほど、ひどい状況ではあるが、大きく落ちているのは世界売上げ煮染める日本国内での売上げ比率であって、格闘ゲームジャンル自体が「衰退した」とは断言できる状況にはない。
 一般に、格闘ゲームの「衰退」と言われているのは、日本国内での「衰退」であって、これは世界での衰退ではないのだ。


 しかし、世界で格闘ゲームが衰退していないにせよ、日本国内が格闘ゲームの売れ行きが大きく後退したことは確かだ。
 これはなぜだろうか?
 なぜ、日本でだけ格闘ゲームはこれほどまでに激しく衰退してしまったのだろうか

 (続く)((書いていたらキリがない&説明がおわらない…書きかけの話をだれかにみてほしいなう。書きかけの内容は、コメントモードでくくってありますので、ソースを表示していただければ幸い))




 

以下、書きかけ




**「衰退」を説明する仮説:刺激飽和説




 格闘ゲームの「衰退」を説明する仮説は、いくつか考えることができるだろう。
 たとえば、国際比較のデータを知らない状態であれば「コンテンツのクオリティが低下したから」といった説明もありえたかもしれない。開発の人材の質が低下しただとか、予算が減ったため、お金や時間や、人数をきちんと投下したものを作ることができなくなったりした結果、格闘ゲームの質が下がったという捉え方。確かに一時期と比べると開発サイドの力のかけ方は変わったかもしれないが、コンテンツとしてのクオリティが低下している、ということであれば、世界でこれだけ大きく売れている、ということの意味はちょっと説明しがたい。格闘ゲームを作る人々のクオリティが単純に低下しただとか、モノとして単純にダメなものになってしまったとか、そういう説明はちょっと受け入れがたい。

 ネット上にあふれる、格闘ゲームの「衰退」をめぐる議論を少し覗いてみると、事態の観察はむしろ逆だ。格闘ゲームがコンテンツとして同水準を保てなくなったから、と考える人はむしろ少数派なように思える。コンテンツのクオリティがダメになったとか同水準のものが維持できなかったことが問題だ、ということではなく、同じものが保たれすぎてしまったことが問題だ、ということだ。同じような刺激を何度も与えられた結果、だんだんと慣れてしまって、飽きてしまった。
 その結果、他のジャンルにユーザーは移ってしまった。この視点を支える福次的な要素を、いくつかの仮説に分解しておくと下記のような感じになる。
-(1A)同一刺激説:内容に変化がなかった。同じようなものにお金を払え、と言われても意欲がわかなくなった。
-(1B)短期集中説:短いスパンで同じようなものが出されすぎた、その結果、多少の違いがあったとしても、多少の違い、だとしか捉えられなかった。名前も似たものが多いし…。
-(1C)代替娯楽説:プレイヤーが別のものに目移りした。

 ごくシンプルに言えば、変化のないものに、プレイヤーが(同じ刺激に)飽きたからという見方ができる、ということだ。
 他にもいろいろな要因は考えつくが、まずは、話を簡単にするために、この見方――とりあえずここでは「刺激飽和説」とでも呼んでおこう。――の妥当性について少し考えてみることからはじめてみよう。





**プレイヤーは飽きていない?



 一方で、この刺激飽和説をまっこうから反論するような説について考えてみたい。つまり「プレイヤーは飽きていない」とういことを真っ向から主張してみることを考えよう。
 いくつかのバリエーションがありうると思うが、一つのダイレクトな反論の仕方は、「現状が適正である」という見方だろう。これは、業界関係者にもけっこうな数がいそうだ。たとえば、
-(2A)「お金を払ってもいいが、格闘ゲームを買うのは数年に一度程度で良い」というプレイヤーが多い。現状は適正な支払いペースに戻っているだけ。(支払い費用の適正化説)
-(2B)格闘ゲームのコア・プレイヤーは国内で20万人ぐらいが適正なサイズであり、現状は適正なサイズに落ち着いているだけ。(支払いプレイヤー層の適正化説)
 といった見方だ。
 この見方はいくつかの点で鋭い着眼を含んでいる。
 一つは、90年代の格闘ゲームの売れ行きが、ストリートファイターIIからはじまる一種の「過剰さ」に支えられていた、ということに注目していることだ。確かに、過剰さがあった、ということは事実だろう。売れ行きの現象は、積極的に飽きられたから、つまらないと思われるようになったというマイナスの効果が出たから、ではなく、「ブーム」というプラスの効果が途切れただけに過ぎない、という見方だ。
 もう一つは、プレイヤー層が一枚岩ではない、ということだ。ストIIブームにのっかって、なんとなくみんながプレイをしていたから自分もプレイした、というライト・プレイヤー層もいれば、毎日ゲーセンに通い詰め、全国大会を目指すようなコア・プレイヤー層とでは格闘ゲームに対する態度はだいぶ違っている。


**プレイヤー





構造的な飽きやすさが存在したののではないかということだ。内容的に大きな革新がないまま、短いスパンで連続してリリースされすぎた。その結果、「また同じようなものが出た」という印象を持たれてしまった。リリースされるスパンがもう少し長ければ「様式美」と言われたかもしれないが、リリースするタイミングをコントロールできなかったということがある。
--1A)競争優位性の成立しにくい構造:リリースするタイミングをコントロールできなかった主な理由としては、リリースしないでいれば、他社が高速に似たような内容のタイトルをリリースしてくるから、リリースしないでいるための合理性が少なかった。▼さらに、なぜ他社が高速に似たような内容のゲームをリリースできるか、と言えば、それはすなわち、ゲーム内容のアイデア部分をコピーされやすい構造をもっていたからだろう。ストリートファイターIIは確かに非常に良くできたソフトだったが、「他社にはどうやっても真似できない」ようなものではなく、一定の開発能力のある会社であれば「似たようなもの」が作れてしまった。
--1B)漸進的変化ばかりが受け入れやすい構造:革新の方向が<複雑化>ではない方向での「革新」が可能であれば、状況が違った可能性はあるが
システムの複雑化によってちょっとずつ置いて行かれてしまうユーザーが増えてしまったこと。その時々のユーザーの要望に応える形で、8割のユーザーに好評な実装をしても、2割のユーザーが減っていくのでは、ユーザーの母数は100%→80%→64%→51.2%→…と減少していく。特に象徴的なのはコマンド入力の複雑化。ラディカルな革新が、ストIIシリーズの外側で起きたとしても、ストII自体は、ラディカルな革新と共進化するようなことはかなわなかった


 ほかにも色々あるかもしれないが、まあ、ぱっと思いつくのはこんなところだろう。
 特に多くの人が実感として持っていることの一つは、仮説1-Aに書いた、「他社がどんどんと似たようなタイトルを出してしまう」といったことだろう。そして、また「どんどん出してしまった他社」のゲームもプレイヤーは当初、熱狂をもって受け入れると供に、「他社」のゲームもストIIとほぼ併走する形で国内市場では萎んでいくことになった。

 SNKの、ザ・キング・オブ・ファイターズ(KOF)シリーズ、サムライスピリッツ((ちなみに、海外では、"Samurai Shodown"と、タイトル検索がややこしかった))なんかはその際たる例といえるだろう。





 タイトルがぼこぼこでる、ということともう一つ、漸進的な複雑化を象徴するタイトルは、ギルティ・ギア(GG)シリーズだろう。何よりも、コマンドが難しく、はじめからある程度、やりこんでいるユーザーしか手に触れないタイトルになっている感がある。下記のデータで、売上げの下降が2倍程度で済んでいる理由も、リリースが00年代以後であり、かつはじめからユーザー層がコアだということが関係しているのかもしれない。



 ギルティギアシリーズは、2D格ゲーのコンボ入力の「複雑化」のたどりついた先の一つの安定した形なのかもしれない。
 2D格ゲーは様々な理由によって「衰退」し、同時に一部のコアゲーマーの楽園として、ある意味で完成した形を作り上げた。

 もちろん、(2D)格ゲーの歴史は、単にコンボ入力が複雑化している歴史だったわけではない。一つの大きな流れとしては、コンボ入力の複雑化という流れがあったにせよ、状況はもう少し複雑になっている。


**革新はいかなる条件によってもたらされたのか:3Dとセットになってもたらされた「駆け引き」の可能性



 ある、一つのジャンルが、微細な複雑化(漸進的変化)ではなく、大きな革新を成し遂げることもある。

 91年のストIIにはじまる「大ブーム」以後、格ゲーにおけるもっともわかりやすく大きな革新は3Dの格闘が持ち込まれた、ということだろう。93年にバーチャファイター(VF)が出てきたことで、格ゲーのみならず、コンピュータ・ゲームの風景自体に大きなインパクトが与えられた。
 「バーチャ」の登場は、単に映像が3Dになった、という以外でも重要な意味をもっている。それは、ストIIと異なる操作系が与えられ、ストIIとは別の方向のゲームプレイの可能性が与えられた、ということだ。3Dになったんだから、そりゃ、そうだよね、というレベルのあたりまえの変化としては、XY軸ではないZ軸(奥行)の「避け」モーションが生まれた。2Dでは、敵の攻撃が来たらそのまま喰らうか、ガードするか、後ろに逃げる(X軸の避け)、上下移動して逃げる(Y軸の避け)、という4択だった。これが、バーチャファイターでは、奥に避ける、というもう一つの選択肢が生まれる。これは、あたりまえだ。
 それよりも、興味深いのは、駆け引きを中心としたゲーム設計が取り入れられたという変化だ。このような変化の理由はより具体的には、「しゃがみガードができない中段攻撃の導入」((Wikipedia の誰かさんによる説 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%88%A6%E5%9E%8B%E6%A0%BC%E9%97%98%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0))に拠っている。しかも、どうやら、この中段攻撃の導入という変化は、どうやらバーチャファイターがはじめてではない。この中段技の元祖は2D格闘ゲームの『龍虎の拳』(1991)にはすでに導入されているらしい。しかし、「駆け引きを中心とした設計」がベースとされ、これが一つの大きな流れとなってくるのはバーチャファイターまで、2年間の空白がある(ここらへん、詳しい人による検証ほしいなう)。この流れは、バーチャファイターの登場によって成立している。「バーチャファイター」は傍流ではなく、新たな一つのメインストリームを作ることに成功した。また、「ガードできない中段」というだけではなく、バーチャはガードの操作系というかなり基本的な操作法もストIIの操作系からの逸脱をはたして成功してしまっている。
 これは、2Dから3Dという一挙に新しく見え方が変わるタイミングで、「セットで」導入されたことが大きかったのだろうか?それとも、バーチャほどに作り込まれたゲームがあれば、2Dでも、この変化は起こりえたのだろうか?その答えはわからないが、バーチャファイターは一つの大きな流れを作ってしまった。

 しかし、流れを作ると同時に、バーチャファイターもまた、ストリートファイターシリーズと同様、10年もしないうちに、日本のマーケットからパワーを失っていく。



 3D格闘ゲームは、2D格闘ゲームと比べれば、同じようなタイトルを製作するための開発能力の差が強く効くジャンルだったと言えるだろう。ハイクオリティな2D格闘ゲームを作るためのグラフィッカー((あきまん、とか。))やプログラマーは、もちろんある程度まで希少な人材だったろうが、90年代においては3D格闘ゲームを作れる開発能力はより希少な存在だったろう(たぶん…ここらへん、詳しい人による検証ほしいなうその2
 特に、3D格闘ゲームのヒットタイトルとしては、闘神伝、サイキックフォースなど様々なものがあるが、なんと言っても大きな開発力と優れた宣伝・営業部隊をもってセガのバーチャファイターに対抗したのは、ナムコ(現バンダイナムコ)だろう。鉄拳シリーズと、ソウルキャリバーシリーズはバーチャとは違う形で一発逆転の快感をバーチャとはまた違った形で押し出しつつ、大きな力をふるった。
 しかし、これも、00年代前後を境に大きく日本のマーケットで力を失っていく。




 00年前後を境に、格闘ゲームが魔法のように力をうしなっていく、という状況はどの格ゲーでも起こっているように見える。

 93年にバーチャが切り開いた革新性は、93年以後、更新されずに、ただ、漫然と滅びの時をまっていただけだったのだろうか?

**革新はいかにもたらされなかったのか――発明から普及に至る道の間で



 格ゲーの世界には、もちろんバーチャ以外にも大きな革新はあった。コンボの「複雑化」の波が本格的に起こるのは90年中盤になって空中に浮かせた敵が追撃可能になる仕様((『X-MEN Children of The Atom』))が生まれたことから加速するし、KOFからチームバトルも生まれるし、様々な大胆な試みがあり、それぞれに一定の成功を収めてきたことは確かだ。
 他にもいろいろな変化は生まれたが、ここでちょっと分析概念を導入しておこう。新しいものが生まれて、何が革新的かどうか、みたいな議論をするときには、何か新しいものを発明(invention)することと、それが普及(deffusion)することの問題は分けて考えたほうがよい。さらに言えば、発明にも、単に思いつくというレベルから、研究段階で実装するという研究レベルでの実装、一般に使えるところまで改良する実用レベルでの実装といったいくつかの段階があるし、普及にも単に使われるようになる、ということと一定のを超えて大ヒットを飛ばすということと、世の中に定着するかどうかという段階はそれぞれ違っている。たとえば、ストリートファイターIIによる、「格闘ゲーム」の普及は、(後でももう一度触れるが)格闘ゲームの「発明」ではなく、格闘ゲームの大ヒットの段階を用意したものだった、と捉えることができるだろう。
 さて、そのような視点をもとに、93年以後の革新のことを考えてみよう。

 まず、一つは、すぐに難しくなりすぎていった格闘ゲームをもっと簡単にしようという試みがあった。たとえば95年にタムソフトが開発した『闘神伝』なんかはその際たるものだろう。必殺技コマンドがひどく難しいものになっていくなか、ボタン一つで必殺技が出せるという仕組みを実装した。((これはSFCからボタンの数が、2つも増えたPSへのハードへの移行とも、セットになっている))
 一つは、「一発逆転」をコンボシステムとは別の形で解を出そうとしたもの。たとえば、97年にライトウェイトが開発した『ブシドー・ブレード』は象徴的だろう。剣を用いて、体のどこかの部位一つにでも大きなダメージを一挙に決まるような緊張感のあるゲームを作り出した。
 また、一つは、「間合い」のあり方を大きく変えることを試みたものもある。タイトーの『サイキックフォース』は、空中を自由に浮遊する超能力者たちの戦いを描くことで、格闘ゲームにおける空間の在り方を変えることを試みた。「肉弾」の格闘よりも、より間合いの遠い戦闘を求められ、それまでの格闘ゲームとは違った攻防を生みだした。
 他にも、ドリームファクトリーが製作した『トバルNo1』、『エアガイツ』など、様々な不評や、市場展開の難しさを抱えつつも、多種多様な可能性が模索された。

 だが、これらの試みは、それぞれに独自の世界を生みだしたり、特定のファン層を生みだしはしたものの、大きな普及の潮流を作るには至らなかったものがほとんどとなった。『闘神伝』は一定の評価は得てシリーズ化がなされるものの、なかなか大きなヒットには恵まれていないし、『サイキック・フォース』シリーズもコアなファン層を得はしたが、大きくは売れず、『ブシドー・ブレード』はシリーズ二作目が出た後、00年代には株式会社元気から発売される『剣豪』シリーズへと繋がりはするが、未だ大ヒットには結びついていない。
 「発明」から「普及」に至る道半ばで一線を越えることができないタイトルとなっている。

 また、こうした様々な試みが可能なのも、やはり90年代半ばにおいてのみ可能な状況だった。90年代半ばには、様々な可能性が試されたことの大きな理由の一つは「格闘ゲームが売れたから」に他ならない。90年代中盤は、格闘ゲームが本当によく売れる時期だった、という言うべきだろう。もちろん、それなりの営業努力も、広報の努力も、そしてまた言うまでもなく開発の努力も必要なのは言うまでもないにせよ、それだけのリソースを注ぎ込んでも元が取れると信じることのできるジャンルだったからだ。
 下記に大型のシリーズタイトル以外で売上げの拾えた格闘ゲームをいくつか示したが、大型タイトルに限らず、90年代中盤はそれなりの数の格闘ゲームが売れている。しかし、00年代前後は、大型のシリーズタイトルが没落すると同時に、その他のタイトルも大きな売上げを得ていない。





 なぜ、これらのタイトルが、一線を越えることができないのか?その理由は「よくわからない」。
 格闘ゲームは似たようなものばっかりだ、という認識もあるが、実際には「似たようなものばっかりが作られたから」似たようなものばっかり、なわけなのではない。似たようでないものが作られた、歴史は、確かに、あった。
 ただ、それらは、ただ、傍流として終わってしまっているのだ。傍流のまま、大きな流れになることができなかった。それは何故なのか?個別に理由を挙げいくことは、おそらく可能だ。『トバル』はチュートリアルが悪く、ファーストインパクトの映像のクオリティに問題があった。『ブシドー・ブレード』は、標準的な格闘ゲームから、あまりにもいきなり大きくジャンプしすぎてしまって、標準的な格闘ゲームファン達の欲望をかならずしもうまく処理できなかった――「あまりにも、一瞬で勝敗が決まりすぎてしまう」ことをきちんと受け入れさせられなかった…etc。しかし、もしも93年の『バーチャファイター』の代わりに『サイキック・フォース』や『ブシドー・ブレード』が出ていたら?歴史はどうだったろうか。映像が3Dへと変化するのと同時に、セットで起きた、大きなゲームデザインの変化が、『バーチャファイター』とは別の形で起こされていた可能性は、否めないのではないだろうか。
 もちろん、それを実証することはできない。ただ、そういう可能性があったのかもしれない、と言うのにとどめておこう。


**革新はゲームの外側から:共有される情報が、プレイを変える。――情報共有装置の変容



 90年代後半、ゲームのプレイのされ方を変えてしまったもう一つの事件があった。それはゲーム自体のシステムの変化ではなく、ゲーム雑誌や攻略本の側からやってきた。
 そもそもを辿れば、そればバーチャファイターだった。バーチャファイターではある時期((正確にはどこらへんから??))以後、技の発生速度、ダメージを受けて動けなくなる時間、技をガードされたときの隙ができる瞬間などが、1/60秒(1フレーム)ごとに緻密に設計されていた。これが、98年あたりから((知り合いに聞いた話では『バーチャファイター3tb 完全攻略読本(ゲーメストムック)』新声社,1998.8.27 あたりから、とのこと。 →詳しくはNALさんのページのデータあたりから検証できる人はできるかもしれない。 http://www5b.biglobe.ne.jp/~tv_game/))詳細な技の挙動をゲーム雑誌が攻略本を取り上げるようになっていった。技の細かい挙動がわかれば、その細かい挙動に応じた、新しいゲームのプレイの仕方が可能になる。ある瞬間には確実に有利な技があり、技のつなぎ方次第では勝ちにいけるパターンが発生することを計算可能になる。ここから、格闘ゲームをフィーリングや、反応速度でのプレイよりも、より「理論的に」プレイするというプレイスタイルが可能になってくる((さるゲーマーの方に、伺ったところ、ゲーマーのプレイスタイルには、1.超速反応派、2.理論派、3.フィーリング派の3つがあるという。))。インターネットが盛んになってくると、さらにこの趨勢に拍車がかかり、ゲーマーの間での技の解析と情報共有が一般化してくるようになる。雑誌とインターネットという攻略情報の共有化によって、ゲーム自体がその在り方を変えていく。
 これは、格闘ゲーム自体のもっている可能性ではあったものの、この可能性を顕在化したのは、ゲームそのものではなく、ゲームにかかわる情報共有の在り方を制御するメディアの変容だった。


(技表の例:『バーチャファイター5』アキラ)
技名コマンド攻撃判定ダメージ全体発生持続ガードヒットカウンタ避け当身属性技後の状態備考
冲捶P1226
11
2
+2
+5
+8

###
冲捶6_P1226
11
2
+2
+5
+8

##踏み込む
八門開打PP12###-8
+1
+3
###
環捶腿PK20###-2
+4
D
##キャンセル可
崩捶2P特殊下930
12
1
-5
+4
+7
###
衝捶6P1941
16
2
-5
+3
+6
###


**稼いだのは誰なのか――国際比較



 さて、もう一つ、稼いだのは誰なのか、という問題がある



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メモ書き集積


t:適正状態
Y:飽き


飽和説:Yは1
 X=t + Y
 ↑
 ↓
反飽和説:Yは0
 X= t

複合要因説(飽和説+α):Yは1だが、Y以外の変数もある
 X= Y+Z+A+B+C+D+…


また、実際は、Y=1 かつ 0 の
 Xは、Y1,Y2と分割して考えた方がよい
 X1=コアユーザー
 X2=ライトユーザー
 であり、X1=0, X2=1 みたいな事態を考えるとよい。

また、α=適正状態とはなにか、ということが議論の的。適正状態などという概念はあまりにフィクションすぐると思うが、一定の安定的なコア層の収束が見られるのは確か。

アメリカでしか売ってない格ゲーシリーズ(MK)の売上げ推移を見ると、格闘ゲームの売上げが逓減していく傾向はアメリカでもあきらかに見られる。

だが、MKの売上げは回復している。これはなぜか?

また、RPGと比較してみると、RPGもコアユーザー層の売上げ(テイルズ、BOF、幻想水滸伝etcを全てプレイするプレイヤー)の数は20万程度だが、ビッグタイトル(FF,DQ)の売上げは、200万本〜400万本水準を維持。シリーズ化されれば全て逓減するとは言えない。
広告・営業プロセスによっては十分に元をとることは可能。だが、なぜか格ゲーではそれがやられない(できない?)

日本でのXB360/PS3不振による説明はもっともわかりやすい説明。

それと、マーケット自体の拡大もでかい。売ってる地域が分散していたりする。つまり、昔はUSしかマーケットがなかったものがEUもマーケットとして開拓されたりしているので、マーケット全体の伸びに占める比率としては相対的には低下している。マーケット全体のパイがのびすぐる…


日本では、ライトユーザー層がはなれたまま戻ってこない。これが最大の問題。

実情は複合要因説が一番有効。あたりまえだが、現実の事象のほとんどは、複合要因説でしか説明できない。ただし、複合要因説で説明してしまうと「お話」のストーリーがぼけるっつーか、何言いたいのかはっきりせえ、という感じになる。話を読んだ人に対するお持ち帰り感がよわい。

なので、学者の説明はほとんど、抽象的に一つのクリアーな結論が出せるように設計された問題を構築し、扱う。ゲーム理論などは、その問題設計の傑作中の傑作。


まあ、あと、スマブラ、スマブラ。ストIIよりも売れているなう。

もひとつ、論点めもしとくと、ファミコンの『キン肉マン』と、『プロレス』は超重要。キャズム超えを考える上で。

-(2A)ネットワーク外部性の分断:内容に大きな変化はあっても、さまざまな理由から「大きな変化」を一緒に遊べる相手を得ることができなくなっていった。((「コアなマニア」として傍流の位置に置かれて終わってしまった。コアな人々がマイナーに遊ぶ娯楽として定着した。))
SS/PSなどという形で、マルチプラットフォームをとったことが裏目に出た。対戦格闘ゲームのようなジャンルは「遊ぶことのできる相手の数」(ネットワーク外部性)が重要であり、友人と同じコントローラーで遊ぼうとしても「このコントローラーでは遊べない」と言われたら、遊ぶことができない。もっとも、友人の家に行っても滞りなくプレイできるのであればそれはそれでいいのだろうけれども。
(2B)支払い費用の適正化説:飽きてはいないので、 (2C)操作不能説:本当はプレイしたいけれども、最近の格闘ゲームは操作が難しすぎてプレイできない(と思われている)
-現状が適正状況未満であるとする説:
--格闘ゲーム自体の正当なポテンシャルはもう少しあるが、

 四つ目は、プレイヤーの心理的変化でもなく、ゲームの内容が悪いわけでもなくビジネス構造に起因するものだ。すなわちビジネスの構造が格闘ゲームにとって不利な構造になったからというものだ。ざっと次のようなことを考えることができる。
-(4A)不況説:格ゲーがしぼんだ00年代前半は日本のゲームマーケット自体が縮小した時期だった。この影響を受けて、縮小した。
-(4B)(相対的)性能低下説:かつては、ゲームセンターから新規タイトルがまずリリースされ、そこでまず儲けると供に、一般認知度を上げた上で、家庭用機でのリリースによってさらに売上げを上げる、というモデルがあった。だが、ゲームセンターの筐体のCPU/GPU性能は今や、家庭用機の性能よりも相対的に低下してしまっており、かつディスプレイ性能も家庭用のハイビジョンのほうが高性能な場合もママある。格闘ゲームは、最先端の技術ではなく、ローテクなものになってしまった。
-(4C)(相対的)経営効率低下説:かつての格闘ゲームは、シューティングゲームのようなジャンルと比較すると、ゲームセンターにおける経営効率が非常に良いタイトルだった。シューティングゲームでは、一日中、上手いプレイヤーにゲームセンターで台を占領されてしまうことがありうるが、乱入システムによって対戦可能な格闘ゲームでは、どんなに上手いプレイヤーだったとしても、構造的にお金を落としてくれるようなビジネスになっており、ゲームセンターにとっては非常に経営効率の良いタイトルだった。しかし、ゲームセンター経営にとってよりよい選択肢となる別のジャンルがあらわれた。
90年代に熱中していた人々がおっさんになって、社会人で時間ないなう



仮説3:新規のネットワーク・ハブの台頭:小学生の対戦ネットワークの中心となるゲームソフトとしては、90年代後半にはポケモンが台頭した。新規ユーザー層(80年代中盤生まれ)はごっそりとそちらに奪われた。

-仮説4:認知的コストの増大:単純に(名前が)似たようなタイトルを出し過ぎた。「ストリートファイターII'plus」「スーパーストリートファイターII Turbo」「スーパーストリートファイターEx plus α」とか、正直わけがわからない…((ちなみに、ストZEROシリーズは、海外タイトルではストαシリーズ。すごくややこしい。))






 なおデータソースは、基本的にはファミ通の売上げ調査を元にしているが、世界売上げなどところどころCESAゲーム白書、VGCharts.com、メーカー各社のウェブページ、を参照した。-->