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2005年08月22日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

テレビゲーム解釈論序説―アッサンブラージュ 八尋 茂樹 (著)

テレビゲーム解釈論序説/アッサンブラージュ

 まだ精読はしていませんが、以下は数時間かけてざらっと読んだ限りの簡単な感想です。もう一度読んだら感想がかわるかもしれません。という留保付きで。

1.

 著者が私なんかよりも数倍努力しているであろうことは素直に認めます。それほどにこの著者はものすごく頑張ってこれを書いています。参考文献もけっこうがんばって引っ張り出してきているし、データ作りにかけている時間も単純な量としては「すごい」と思いました、

2.

 ただし、それだけの美点を本書が持っているにせよ、本書にいまひとつパッとしないもの感じてしまったこともまたまぎれも無い事実です。章ごとの問題設定や結論といった部分がまったくクリアーではない。本論の中でいろいろな方法論によってRPGの諸要素を配置・解析しようとしているのはわかるし、個別のネタの水準でいえば比較的に面白いものも少なくないです。それは間違いのないことです。しかし、何を言いたいのか、何を悩んでいるのか、そういったことがまったくよくわからないといった印象を持ちました。結論がパッとしないことを責めるのが酷であるにせよ、せめて問題意識の明瞭さ/あるいは議論の仕方そのものにもう少し深みのあるものが欲しかったというのが正直な感想です。*1

 羅列、分類をしてみせたその先が見えない。あるいは羅列するにしてももう少し計量的にやってみせるという方向性に行きえたのならば、まだ興味深く読みえたとも思うのですが。

3.

 全てを影響論*2にからめつつ論じて見せようという意図=統一的な議論をしてみせようという戦略は見て取れます。だが、それは本書の中心となっているというよりかはむしろ、毎章ごとに「なんか変なところにつながっていくなー」と感じさせてしまうような、妙な「下心」といった印象におさまってしまいました。影響論にからめることで多くの人に興味をもって読んでもらえるのではあるまいか…!という戦略は間違っていないとは思います。ですが、しかし著者はたぶん本当に影響論に興味のある人だとは思えません。それはおそらく切り口でしかない。だがしかし、興味がないけれども、むりやりに影響論をベースにしてしまおうとしています。このような論文の目的の分裂傾向が、けっきょく分析の焦点を常に中途半端な着地点へとしか着地させていないのではなかろーか、と。

4.

 ですが、最後にもう一回誉めますが、間違いなく労作ではありますし、今後同様の試みを目指す人にとっておおいに参考になる一冊であることは間違いないでしょう。著者の今後の活躍を期待します。


 と、こんな感じでしょうか。

ほかに感じたことは

5.

 個別の話になりますが強烈に感じたのが「調査概要の書き方」なんですが、調査したゲームのタイトルを各章ごとにダーっと挙げるというだけというのは調査概要の書き方としてこれでよいものだろうか、と思われました。これは八尋氏個人への批判というのではなく、ゲームを調査する、といったときにどういった形の調査方法を提示しえるのか、というフォーマットが開拓されていないことにも起因していると思うので、ここらへんは大きな課題ですね。

6.

 また、手堅い内容?というか、むしろ「批判可能な内容」は含んでいないとは思いましたが、いまの時期のゲームの議論をするのに、このようなスタイルは本当に必要とされているのだろうか、というのが本書に対する疑問の一つとして感じもしました。もう少し議論を引き起こすような冒険をしてナンボなのではあるまいか、と。アカデミックな人であればあるほどにもっと批判可能な形式のものを書いてもよいのではるまいか、と。*3

7.

 著者の経歴が「早稲田教育・英文学科」→「茨城大・教育学研究科修士」とだけ書かれており、年齢とかがよくわからないのですが、この人の学問的な教養のベースは海外文学なんだろうな、と思われました。社会学的?な分析らしきこともやってはいるのですが、どうも引用とかの内容をみてると海外文学への造詣の深さのようなものを感じます。私は文学系の批評ではない「日本人の書いた海外文学の学術論文」の作法というのは不案内ですが、中途半端に社会学とかのフリをしたりするのはやめて、もっとガリガリに文学野郎な雰囲気で全編押し通してみてくれたほうが面白かったのではないかという気もしました。

 

*1:このようなことを言うと、私のことを「もっとキャッチーな結論が欲しいよね」系の人だと思う人もいるかもしれませんが、そんなことはない!…つもりです。問題意識が魅力的で、議論が面白ければ結論が曖昧だったりしても評価できるものというはいくらでもあるだろうとは思っています、が!しかし、この本はどこに問題意識があって、どこにどういう議論があるのかさっぱり見えないといった印象なのですよ

*2:ゲームの悪い影響/良い影響を論じようとすること

*3:これは単なる時評ですし、どのような論文教育を受けのかによってそれぞれ作法が違ったりするところでもあるのやもしれません。

2005年08月11日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

近況報告

現在、ミラクルにデスマーチ気味な日常をすごしておりあんま長々とコメントしませんが、

はてなで行った一連の質問はけっこう反響があったようでありがとうございました。かんしゃします。

ですが、まあ、質問者=調査者である私の想定とはまったくことなる解釈をしていただいた方が非常におおく―――それはそれ自体、別に腹立たしいじたいでもなんでもなく、ごく当然にうけいれるべきことの一つですらあるとおもうのではありますが――、わたしはそういう形で自己イメージが好き勝手に解釈されまくり、イメージの統制の難しい状態に陥ることにあまり慣れていないほうなのですが、

とりあえず

id:yms-zunさんの

http://d.hatena.ne.jp/yms-zun/20050810

の私の意図に対する解釈のぶぶんはその通りです。と一時的に宣言しておきます。

もっと書きたい方へ

 はてなでいろいろ質問させていただきましたが、まだ書きたい!という方は以下にコメントをお願いします。

 また、その際にはこのURLが、「はてな人力検索」とは別のアーキテクチャによって運営されている個人向けのウェブログサービスである点に留意していただけければ幸いです。すべてのコメントにコメントを返す義務等はなかったり、私が微細な金額であれお金を払うという関係性にはないことなどなど。

8-14追記:
  • http://www.hatena.ne.jp/1123379897
    • 「あなたが「ゲーム性が高い」と思うゲームを5つあげ、どのような点に対して「ゲーム性が高い」と思った(感じた)のかを、作品ごとに、簡単にでかまいませんので説明をしてください。」

 の追加がある方はこちらの日のコメント欄にどうぞ! 

2005年08月07日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

ファミ通のクロスレビューの影響力

 まだ、完了してませんが、4月ごろの私のエントリ→http://d.hatena.ne.jp/hiyokoya/20050409#p2 に関連して、以下のようなアンケート調査を行っています。

ファミ通のクロスレビューを参考にしている、あるいは参考にしていたことのある××代の方にお聞きします。

あなたがファミ通クロスレビューを参考にした時期は次のうちどれですか。「だいたい」でかまいませんので、あてはまるもの全てにチェックをつけてください。

 という質問を「10代」、「20代」、「30代以上」で年齢別に、3つほどかましています。

 とりあえず、現在の集計結果を以下、簡単にExcelでまとめてに表にしておきますと、以下のような感じ。

 まあ、20代以上の読者に対して影響力が低下しているのは隠しようもない事実だとして、10代の読者にはまだ影響力を確保してるんですね。ただ、これ、盛り上がりが規則的に10年スパンで訪れていればまったく問題ないと思いますが、3年スパンで盛り上がりがきて、さがっちゃってるのはつらいっすな。結局、2000年以降はすべて右肩さがり。

 終わったらまた別途にページをつくりまーす。

 あと、

あなたが「自由度が高い」と思うゲームを5つあげ、どのような点に対して「自由度が高い」と思った(感じた)のかを、作品ごとに、簡単にでかまいませんので説明をしてください。

→ http://www.hatena.ne.jp/1123378733

あなたが「ゲーム性が高い」と思うゲームを5つあげ、どのような点に対して「ゲーム性が高い」と思った(感じた)のかを、作品ごとに、簡単にでかまいませんので説明をしてください。

→ http://www.hatena.ne.jp/1123379897

 の二つがあまり回答が芳しくないようですので、お時間のある方は嫌にならない範囲でつきあっていただければ。


(2005-8-13:注意書き追記)
  • この記事がはたまたカトゆー家からリンクされてされてしまって人が大量にきているようなので、誤解なきよう、早めに注意書きを付け加えておきます。一言で言うと、この調査はあまり信頼性の高いものとはいえません
  • 今回のはてなアンケートを用いたアンケート結果にはさまざまなデータのバイアス(ゆがみ、かたより)がありますが、特に考慮したほうがよいものを三点挙げておきます。
    1. 調査項目に「参考にしていなかった」という項目を付け加えていないこと:あくまで「参考にした」人だけの数なので、ファミ通の趨勢自体は微妙にフォローできていないところがあります。はてなアンケートがクロス集計をしやすいような機能を実装してくれればもう少しどうにかなるのかもしれませんが…。
    2. 答えたい人だけが答えているアンケートであること:はてなアンケートの根本的な問題ですが、答えたくないユーザーは答えていません。そのため「この話に興味を持った人」たちによる回答としてのバイアスがあります。このバイアスはかなり大きなものです。
    3. 答えた人の記憶が「だいたい」でしかないこと:「だいたい」で答えてもらっていい、といいましたので、そこらへんかなり記憶が曖昧な状態で答えていただいた方が多いかと思います。特に86年~87年ごろにけっこうな数の人が「参考にした」と答えていますが、これは本当はおかしくて、この当時のファミ通はファミマガなどに比べるとややマイナーな、創刊してからあまりたっていない月刊誌隔週刊誌だったと思うので、これだけの数の人が「参考にした」といっているのは少し奇妙な印象があります。おそらく86年~87年のころに「参考にした」と答えていただいた方は「ファミコンが流行っていた頃に参考にした」という程度の意味で答えたのでしょう。厳密に86~87ではないと思われます。
  • また、バイアスではありませんが、誤解なきよう注意してほしい点を一つ挙げます
    1. クロスレビューを「信用」ではなく「参考」とした時期を聞いていること:2ch風に言えば「ファミ通信者」ではなくとも、「参考」にしている人は大勢いますので。誤解なきよう。

2005年08月01日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

続編ものを憂慮しはじめたのはいつごろか?

 ゲームがつまらないな、と感じた時期について、書いた、続編ものを憂慮する声はいつからなのか、という統計情報とかがないよね、という話を書いたら、ゲームを語ろうの沢月さんから面白い指摘をいただきました。

 http://homepage1.nifty.com/sawaduki/game/sawa/gdiary05.html

「ファミリーコンピュータMagazine」(徳間書店)1988年14号P125「週間ゲームベスト20」のコーナーにあった、編集部コメント。これは読者アンケートから集計した「前人気ベスト20」についてのものだ。

「いつのまにか「2」ゲームがベスト20の半数を占めていた

 超人気ゲームの「究極ハリキリスタジアム」と「妖怪道中記」が抜けたあとも、変わらず人気を集めているマリオ3と燃えプロ'88が1位と2位を占めた。

 それにつけても、このベスト20を見て驚くのは、前に出たゲームと同じ題名をつけた「2(ツー)」ゲームの多さだ。燃えプロ'88とマリオ3を含め、全部で9本もある。この「2」ゲームの流行は、メーカーにとっては知名度があって宣伝がしやすいからかもしれないが、ユーザーにとっては新鮮さがなくなり、現在の「元気のなさ」の原因になっているような気がする今日この頃…。」

 創刊号から1990年分までざっと読んだけれど、いわゆる続編ゲーム(この時にはまだ呼び名がなかったのね)の多さを憂慮するコメントはこれが(ファミマガでは)最初だったように思う。以後「ゲーム大賞」講評などで時折見かけるようになったが。

 っていうか、沢月さんも80年代資料を集めていらっしゃったのですね。

 

死の表現をめぐって 補足

 あと、先日の文章<死の表現をめぐって>を公開してから二週間たちますが、私が90年代のコンシューマーゲームの死の表現を「隠蔽」として評価してしまっている、というように受け取った方が多いのに少し驚きました。誤読などと言うつもりはありませんが「隠蔽」と書いたのは単に議論の切り口でしかなく、私が「隠蔽」などということを結論として提示してないことはきちんと読めば通じるはずだろうと、……いや、まあ、そのような「読まばわかるはず」というほどに読みやすい形でなかったこともありますが(笑)、「隠蔽」という評価が私の意図ではない、ということだけを控えめに主張しておきます。

 まあ、どのような読み方をされたのであれ、あんな読みにくいものを読んでいただけたのであればそれで十分なんですが。

GoogleMapでナスカの地上絵や、ピラミッドが見える!

 最近、日本版が導入されたことで俄然話題のGoogleMapですが、なんとGoogleMapでナスカの地上絵が見えるという話↓

 http://www.drk7.jp/MT/archives/000858.html

 この話に驚いたのは、GoogleMapのテクノロジーの水準という意味ももちろんあるのだが、それよりも、この話に驚いている自分に驚いた。

 だって、これって実際には、超巨大なjpg画像を見ているのと変わりはないわけだから。だけれども、これが「ナスカの地上絵の写真」や「エジプトのピラミッドの写真」という単に「撮られたもの」と接するとき以上のワクワクした感覚というのがある――し、そのようなワクワク感は決して私だけのものではない。

 単に「撮られたもの」として存在する<巨大衛星写真>と<GoogleMap>の差異は、なんだろうか、という疑問に対して、ものすごく素朴な回答を言ってしまえば、インタラクティブであるとか、そういうことなんだろうけれども、

 それは単に「撮られたもの」ではなく、「触れるもの」として私の目の前に存在している、というそれだけでこれだけワクワクできるというのが実に不思議。