Critique Of Games ―ビデオゲームをめぐる問いと思索―

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 コンピュータ・ゲームのだいたい半分ぐらいは、組み合わせを考える楽しみが埋め込まれている。まあ、「自由度」という概念の部分集合?かもしれない。

分類1:組み合わせの複雑性:『カルネージハート』と『ファイナルファンタジーXII』

 組み合わせの複雑性は高いほうがいいのだろうか。それとも、複雑性が低いほうがいいのだろうか。
 たとえば、戦士の戦闘行動プログラミングができる二つのゲームを考えてみよう。

 1995にPSで発売された『カルネージハート』(Carnage Heart,1995,アートディンク)は、自律型戦闘ロボットの行動を索敵から回避、攻撃のアルゴリズムに至るまでプログラムを行うゲームだった。このゲームは、プログラミングの素養ゼロで取り組むにはなかなか難易度の高いゲームになっており、潜在的な面白さをプレイヤーが全て楽しむためにはかなりの努力が必要とされる設計になっていた。一言で言えば、簡易な手続き型プログラミング言語で、プログラムをするゲームである。
 索敵にするときには、前方の視野角45度を見るのか、90度を見るのか。前方への警戒行動が終わったら、横方向への警戒行動はどうするのか。敵からの攻撃があったときの回避行動は、ジャンプなのか、右移動なのか。また、回避行動と攻撃行動、索敵行動の優先順位はどうなるのか。もし、索敵行動が行われている最中に、回避行動が必要な場合が生じたらどうすればよいのか…。これらの複雑な行動手順のほとんどを設計しなければならず、とりあえず設計してできても強いロボットにすることは難しかった。

 また、2006年に発売された『ファイナルファンタジーXII』(以下、『FF12』)もパーティー・メンバーの戦闘行動を自由組み合わせて設計できるゲームである。『FF12』でも、索敵行動、攻撃行動などに様々なバリエーションがつき、それぞれの行動別の優先順位が付けられるようになっている。
 だが、『FF12』はカルネージハートとは異なり、最低限の戦闘行動の設計が、2,3手順程度のセッティングでできるようになっている。「近くに敵を見つけたら」「攻撃」という二つの手順を設定してやるだけでも、とりあえず、動作するようになっている。「近くに敵を見つける」という索敵行動は、カルネージハートであれば、前方なのか、右旋回しながらなのか、前方30度なのか、前方120度なのか、といったことを設計してやらなければいけないし、「攻撃」という概念の意味が、マシンガンで前方に向かって掃射する行動のことを指すのか、索敵範囲を絞りながらミサイルでの狙撃を行うことなのか、きちんと定義してやらなければ、「攻撃」することができない。
 『FF12』は「攻撃」という行為の幅のきめ細やかさは存在しない。しかし、多くのプレイヤーが簡単にプレイするために必要な水準にまでうまく絞り込まれた設計となっている。『FF12』は洗練されている。
 

分類2:ローカル・バリエーションから、トータル・デザインへ

 
 上記のような組み合わせの複雑性の大小はゲームデザインとして予め設計するという水準以外にも、ゲームプレイヤーが遊び進めていくプロセスとしても設計されている。
 部分的なバリエーションを楽しむものと、トータルな設計ができるもの、という二つ水準を分けて考えてみよう。*1

 たとえば、『カスタムロボ』は、ロボットのパーツの組み合わせを考えながら遊んでいくゲームだが、はじめから全てのパーツの組み合わせができるようになっているわけではない。推進力、武器、防具…それぞれのパーツのバリエーションを、双六のコマがすすむにつれて、一つづつ各部位のバリエーションを楽しんでいくことができる。ほとんどの、プレイヤーは、ゲームを進めているときには、ローカルな部位のバリエーションを楽しんでいく程度のことしかしない。ほとんどの戦闘は、「武器だけ換える」「シールドだけ換える」ローカルなバリエーションをいじっていけば、だいたい何とかなる。つまり、組みのトータル・デザインを行う機会というのは、ストーリー・クリアに至るまでは、かなり少なくて済むようになっている。
 トータル・デザインが重要になってくるのは、クリアー後の様々なバリエーションの強敵との戦闘を行う際である。様々なタイプのバリエーションの敵と戦うことが必要になってくると、戦略に多様性をもたらすことが必要とされ、武器・防具・エンジンのトータルなカスタマイズがより重要になってくる。これによって、クリアーまでは、実質的には2,3のバリエーションの中から、どれかを選ぶ程度の複雑性によって対処していたものが、戦闘の基本方針自体を見直すという形でかなり複雑性の大きなものに対処する必要が出てくる。

 これは、『カスタム・ロボ』だけではなく、ストーリーを通じてプレイヤーキャラクターを成長させていく多くのRPGや、アクションRPG、アクションアドベンチャー系のゲームデザインの中で採用されている、プロセスのデザインとなっている。プレイヤーは、かなりの複雑なデザインを行っている…かのように錯覚させられつつも、実際には少ないバリエーションの中から行動選択を行っているだけ…というのが多くのRPGでの一週目のプレイだろう。
 RPGの2週目のプレイや、クリアー後の「やりこみ」プレイの中では、プレイの効率性を考えるような形で、より幅広い設計を楽しむようになる。一週目のクリアーまでのプレイがただの部分的バリーエーションを楽しむものである。それに対して、2週目や、「やりこみ」のプレイは、プレイヤー自身がより複雑性の高い要素に気付き、トータルなプレイ・デザインを行っていく、というプロセスがしばしば存在している。

 



*1 むろん、何が「全体なのか」という問いは定義が難しい。作戦級/戦術級/戦略級といったゲームスケールの問題としても考えることができる。ここでは、とりあえず、議論をわかりやすくするため、全体性自体が予め定義されているような場合を考えてみよう
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最終更新: 2009-12-10 (木) 11:23:37 (2753d)