Critique Of Games ―ビデオゲームをめぐる問いと思索―

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 主人公の定義はいくつか考えられるが三人称の物語であれば「物語における中心人物」(主に活躍している人)、一人称の物語であれば「物語の語り手」ということが多いと思うが、一人称の物語でも「物語における中心人物」を主人公としてしている場合もあるので、一概にはなんとも言えない。  ゲームの場合は、さらに事情が微妙になってきて、プレイヤーキャラ(プレイヤーが操作するキャラクター)とかインターフェイスといった要素がさらに「主人公」概念の状況を混乱させている。プレイヤーキャラという概念が主人公概念と同一でないことは、茂内克彦,2002,「ビデオゲームにおけるメディア特性――物語性と主人公に着目して 」(静岡大学大学院情報学研究科2001年度修士論文)において指摘されている通りであり、同論文中では、『AC04』を「プレイヤーキャラ」と「一人称の物語の語り手」とのズレに着目することによって物語を効果的に展開させることに成功した例として紹介している。  また、『シーマン』や『シムシティ』などのような作品においては、プレイヤーキャラや一人称の語り手、物語の中心人物といった、要素も登場していないため、残っているのは、インターフェイスぐらいになるため、プレイヤーキャラ、インターフェイスといった要素を統合的に捉える枠組みとして松谷創一郎は「代理主体」という概念を提出している。  要素を統合的に捉えるという発想もアリだとは思うが、私の考えとしては、問題のない限り、通常は、主人公とかPCといった曖昧(=統合的に捉えられた枠組み?)な言葉によって呼んでおいて、議論が混乱するようなことがあれば、「物語の中心人物」「物語の語り手」「プレイヤーキャラクター」「インターフェイス」などといった要素をバラバラに分解して要素ごとに考えられるような発想で、いいんじゃないかなあ。

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最終更新: 2007-02-17 (土) 20:46:05