
ゲームの物語や、メディア特性をめぐる多くの議論は、プレイヤー、プレイヤー、ノンプレイヤーキャラクターの三項関係をどのように捉えるか、によって整理できる。
意味 †
Real Money Tradeの略。
主に、MMORPGにおいて生じる行為であり、オンラインゲーム内の財物を、日常世界(Real)において流通している財物(Money)と交換(Trade)することから、リアルマネートレード、略してRMTと呼ばれる。
誤解など †
現在は、法的にグレーなところが多く、RMTに関する非常に基本的な議論も十分に共有されているとは言い難いところがある。
一つだけ、よくある誤解について書いておくと、RMTは違法である、というのは誤解である。
RMTそのものは違法ではない。あくまでグレーである。
RMTを禁止しているのは、主にMMORPGのサービス提供を行っている会社の側の規約であり、法的に罰せられるわけではない。ただし、規約を破っているという点でサービス会社がアカウントを剥奪する理由とはなりえる。また、「規約違反である」ということが、ある種の契約違反に類するのではないかというような法解釈的な話もあるらしい。詳しくはわからないが
現在、RMT関連の事件で捕まっているのは、基本的にはRMT行為自体が罰せられているわけではなく、RMTで利益を得ることを目的とした詐欺、不正アクセス、不法就労などである。RMT自体はRMT取引業者が倫理委員会などを作るなど、RMT業界内における違法な手段を用いた組織/個人とそうでない組織との差別化が図られている。
また、ゲームメーカー自体が行っている「アイテム課金」制度は、RMTを行う欲望がプレイヤー側に存在する、ということを前提として登場した、RMTの正規化をはかるビジネスであるといえる。
欧米での"RPG"概念の誕生 †
通常、1974年にD&Dの誕生をもってRPGの誕生とする議論が多いが、「RPG」という言葉の誕生は、実際には1974年より後である。1974年のD&Dの中では「RPG」という言葉は使われていない。「RPG」という言葉が使われはじめるには1980年前後まで待たなければならない。
日本における「RPG」概念の受容史 †
「RPGとはなにか」という説明をめぐって †
さて、では「RPG」とはなんだろうか。ゲームをまったく知らない人にとっては、聞いたことはあるが、中身はまったくわけのわからない言葉だろうし、ある程度ゲームに詳しいマニアックなゲームプレイヤーならば、ほとんどの人は、「RPGとは、1974年に、D&DというTRPGが開発されたことにはじまり…」というRPGの歴史を一通り語ることができるだろう。
マニアックなゲームプレイヤーたちが「RPG」を語る際の説明の典型的なパターンは以下のような説明だろう。
「RPGとは?
ロールプレイングゲームとは、役を演じる、役になりきるゲームだと、何度も紹介されている。でも、コンピュータRPG以前から遊ばれている、ボード版(本当はゲーム盤のあるRPGは少ないのだけど)RPGも含めると、どんな歴史を持っているか、知っている人は少ないかもねっ。
最初にRPGがプレイされたのは、たぶんアメリカの「ダンジョン&ドラゴンズ」あたりだろうと思う。これは、ファンタジー小説の名作「指輪物語」の世界にあこがれた人たちが、自分が勇者になったつもりで、段ジョンを冒険していく、冒険ゴッコゲームとして作りあげたものだ。
この「ダンジョン&ドラゴンズ」(略して「D&D」)が、ほかのゴッコ遊びと大きく違っていたのは、ゲームの中に「経験地」という考え方をいれ、「成長―レベルアップ」を楽しむゲームにしたことだ。最初は貧しい力の弱いゲームの主人公を、少しずつ成長させて、その過程を楽しむゲームとして、RPGは完成され、じょじょに広まっていったのだ。
さて、このRPGにとって、コンピュータは強い味方になった。複雑な計算(戦闘のときのダメージの計算など)、偶然性の出し方(怪物との遭遇など)、枝道の処理(右へ行くか左へ行くかで変わる物語をつなげていく処理)などで、コンピュータは、本によるRPGや、後のRPGの遊び方のところで書く、ゲームマスターによるRPGより、手間を省くことができるからだっ。
「D&D」をコンピュータRPGに作りあげた「ウィザードリー」や、「ウルティマ」などの大ヒットによって、RPGは、全アメリカで遊ばれる、有名なゲームになっていったんだぜっ。」
これは、週間少年ジャンプのゲームコーナーから独立したかたちで出版された、『ファミコン神拳奥義 大全書 特別編』(1987、集英社)、P22〜P23のからの引用である。
ある程度詳しい人間の間では、もはやテンプレート化された感すらあるこのような説明によって、確かに「RPG」の起源と、それがコンピューターRPGの『ウィザードリィ』『ウルティマ』、そしてそこから日本の『ドラゴンクエスト』などといった作品が製作されていった系譜を知ることは、可能だ。最低限度の「RPGの歴史」としてはこの話で十分だろう。
だが、日本における「RPG」の歴史には知っておくと興味深い、もう少し多くの紆余曲折があった。
ここでは、テンプレート化された「RPGの歴史」に欠如している点を確認しつつ、日本における「RPG」受容がどのような変遷をたどったのか、ということを確認していく。
まず、(1)1974年に、D&Dがアメリカにおいてヒットし、(2)1979年〜1980年にかけて、コンピューターRPGの初期の傑作といわれる『ウィザードリィ』『アカラベス』(後のウルティマ)――加えるならば『Rouge』――などが製作された、という歴史まではいいだろう。
そして、日本において「RPG」というジャンルを考えるとき、それは当然、「輸入」という形で「紹介」がなされ、80年代初期に日本の中に突如として現れたものだった、ということが、日本における「RPG」の受容において今日まで重要な意味を持っている。
まず、第一に、単純な普及率のレベルの問題として、アメリカ、イギリスなどにおいては『D&D』をはじめとする、コンピューターRPGではない「TRPG」と呼ばれるアナログのRPGが普及していたのに対して、日本では、TRPGはほとんど大規模な普及を見ていない。そして、ファミコンブームの85年〜86年にかけてファミリーコンピュータ用ゲームソフトの「RPG」が広く一般的に普及するまで、「RPG」という名称はあまりメジャーに知られるところではなかった。
日本におけるTRPGの紹介は、目立ったところでは、主に80年代初期あたりから海外SFの翻訳者であった安田均などを中心にパソコンゲーム誌「ログイン」などで行われていた。それによって、一部のappleIIユーザーなどが82年、83年頃には、海外版の『ウルティマ』『ウィザードリィ』を輸入してプレイしていたり、『D&D』日本語版が80年代初期に売り出され、TRPG等を扱うアナログゲームの専門誌が、1981年には「タクティクス」、1986年には「ウォーロック」などもあいついで創刊されることになるが、それでも、日本のユーザー数は後にヒットする『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』の売り上げからすれば、少数に過ぎなかった。80年代中盤以降、日本では少数の「マニア」の趣味として、TRPGは定着してしまったというイメージがもたれるにいたる。 *1
第二に、「輸入」という形でRPGがやってきたことによって、CRPG/TRPGを問わず、アメリカのRPGは、日本におけるRPGの「元祖」という位置づけから、なんらかの権威付けがなされていることが多くなっている。これは、「RPGの歴史」を語るテンプレートにおいても象徴的にあらわれており、先に引用した文章にも「その世界そのものを楽しむゴッコ遊びの精神は、アメリカのようには受け継がれなかったような気がするぜっ」などといった形で確認することができる。
アドベンチャーのサブジャンルとしてのRPG 1983年、1984年 †
そのような形で80年代初頭に日本に輸入された「RPG」である。日本において「シミュレーション」「アクション」「アドベンチャー」などといったゲームのジャンル分類が頻繁に使用されはじめるようになった83年には「RPG」というジャンルもマイコンゲーム雑誌で一つのジャンルとしての地位を得るわけだが、具体的にはどのような扱いを受けていたのだろうか。
1983年10月1日に初版を発行している旺文社の『パソコンゲームランキングブック』におけるジャンル分類のページをのぞいてみると、そこでは当時のパソコンゲームが「シミュレーション」「アクション」「アドベンチャー」「ノンセクション」の四種類に分類され、「RPG」はその四分類のレベルでは発見できない。だが、細かく見てみると、「アドベンチャー」と分類されるジャンルのサブジャンルがさらに細かく分けられており、「ミステリータイプ」「SFタイプ」「リアルタイムアドベンチャー」「ファンタジータイプ」そして、「ロールプレイングタイプ」と、ここにRPGを発見することができる。さらに、同83年5月25日初版の『マイコン大百科 ゲーム編』においても事情は同様で、ロールプレイングゲームを以下のように解説する。
「ロールプレイングゲームは、きみ自身が主役となり、さまざまな道の世界を訪ねて、不思議な体験をしたり、冒険とロマンの物語の中で活躍したりするゲームだ。
このゲームは怪獣や魔法使い、騎士、お姫様、ドラゴン(魔法の竜)などが登場する。怪奇冒険の世界をテーマにしているものが多いので「SFアドベンチャーゲーム」などと呼ばれることもある。また、広い意味ではミステリーや殺人事件を解決する推理ゲームも、このゲーム分野だ。」
このような形で、マイコンゲーム、パソコンゲームといわれる市場において、国産初のコンピューターRPGといわれる『ブラック・オニキス』がパソコンゲーム市場でヒットする以前は、「アドベンチャー」のサブジャンル、あるいは類似ジャンルとして扱われていた。
そして、『ブラック・オニキス』をめぐる感想もまた、アドベンチャーゲームとの差異において語られる、という自体が発生していた。当時の『ブラック・オニキス』を振り返る文章の中では
「方向ボタンを押せば自由に自分のキャラを動かせる・・・、視点固定のAVGが全盛だった当時としてはこの自由度が無限の可能性を約束されたように思えました。町を歩いているだけでも「この先には一体何があるのだろう?」と秘密基地を探すようなワクワク感がこの作品にこめられていたと思います。」 *2
と語られており、「自由なアドベンチャーゲーム」という視点によってRPGが語られているのはちょっとした驚きであるといってよい。
『ドラゴンクエスト』以前に「RPG」は流行していた 1985年 †
さて、ここで家庭用のゲーム市場に目をうつすことにしよう。家庭用のゲーム市場での「RPG」といえば、一般的には、1986年にエニックスから発売された『ドラゴンクエスト』シリーズが、ファミリーコンピュータ最初の「RPG」としてよく知られている。そして、ほとんどの日本のコンピューターゲームの歴史をつづったものの中では、86年に『ドラゴンクエスト』が発売されて、同作品が週間少年ジャンプとタッグを組んだことで、100万部以上の売り上げを記録し、日本に「RPG」が根付いた、としているものがほとんどであるが、実は、86年初頭のいくつかのファミリーコンピューター向けゲーム雑誌を見てみると、なんとすでに、「今、一番流行のRPGだ!」「今はなんといってもRPG」といった記事が踊っている。
これは、一体何のことか。
実は当時、『ゼルダの伝説』や『ハイドライド』といった、日本独自の発達を遂げた「アクション・RPG」と呼ばれる分野がファミリーコンピューター市場で大きな存在感を誇っていた。これが、「RPG」として、「流行」していたのである。
そして、これは、単に流行していた、というのみならず、その後のRPGについてしばしばいわれるような言説をも少なからず生産している。例えば、86年6月の「ファミコン通信」創刊号にて、ゲヱセン上野は『ゼルダの伝説』のレビューで以下のように書いているのは興味深い
「(RPGというのは)主人公が弱すぎもせず、強すぎもしないなんといっても、"努力すれば、必ず報われる"ゲームなんだよね。よくあるでしょ、いくら努力しても全然先に進めない、いたずらに難易度をあげてあるゲームって。難しい=面白いじゃなく、いかに主人公に感情移入できるか=面白さ、という気がします」
といった形で、「感情移入」が「RPGの面白さ」とする言説がこの頃にすでに誕生していたことを観察できるのは興味深い。
『ドラゴンクエスト』の誕生 †
そして、そのような「アクションRPG」の日本の「RPG」イメージのみならず、日本のゲーム市場そのものの動向に決定的に大きな影響を与える、『ドラゴンクエスト』が1986年の5月に発売される。しかし、これはすでに、多くのところで言われていることであるが、決して当初から売れ行きがよかったわけではなく、発売当初の売り上げは20万部ほど。発売当初、『ドラゴンクエスト』の開発者である堀井雄二は、自身が連載を持つ雑誌「月刊OUT」1986年7月号に以下のような告白をしている
「やた! ついに『ドラゴンクエスト』が完成したっ。いうまでもなく、これはファミコン用のロールプレイングゲームで、OUT7月号、つまリこの号と、ほとんど同時発売!
正直いって、ウケるかどうか心配だぜっ。
というのも、『ドラゴンクエスト』は、『ゼルダの伝説』、『ハイドライド』のようなアクションロールプレイングじゃないからだ。つまリ反射神経は、いっさいいらない、そのかわり、自分のキャラクターの各種ステータス(生命力、攻撃力、守備力、ゴールドなど)が常に数値で表現され、戦闘の勝敗はすべてその数値による計算式で結果が出される(もちろん、計算はファミコン側がやってくれるわけだけど)。
つまり、ものすごくべーシックな正統派のロールプレイングゲーム。それだけに、ある種マニアックな感性が要求されるわけ。
こんなのをファミコンでつくってよかったのだろうか。う〜ん、不安だ。
もしファミコンで初めてロールプレイングをやったという人がいたら、感想とかを聞かせてください。次回作のモニターになってもらうかもしれません。というわけで本題へ!」
今こそ、最新作が400万部以上の売り上げを誇る『ドラゴンクエスト』シリーズもはじまりはこのようなものだったわけである。
これがその後、週間少年ジャンプによって大きく宣伝を打たれることで、結果的には『ドラゴンクエスト』は120万部を超える売り上げをあげ、一躍話題作となる。そして、「RPG」というそれまでに家庭用ゲーム市場に確固として存在していなかった特殊なジャンルと出会ったプレイヤー、その世界に衝撃を受け、驚きをもらしている。
まず自分の名前を登録すると、画面内のキャラがその名で呼びかけてくれる、という遊びのノリがたまらない。
(省略)
なんと言っても楽しいのは、画面に登場するキャラクターすべてが話し好きなことだ。ある者はヒントを、ある者はただのおしゃべりを答えてくれる。城の外にはデートをする若者までいる。必要なアイテムには「王女の愛」なんてものまである。王女がプレイヤーにたずねる。「○○さまはわたしのことをあいしてくださいますか」、ここで「いいえ」といれたり、悪の竜王から「手をくもう」と言われて「はい」と答えたりすると、物語は意外な展開をする。
もちろん戦いはあるが、相手によっては逃げてもいい。「にげる」なんてコマンドは絶対にアクションやシューティングにはない。攻撃力もランダムに設定されていて、「渾身の一撃」で相手を倒したりすると、道で一万円札を拾ったような感動がある。
もちろんゲームは途中でセーブできるし、持っているアイテムは消えない。途中で死んでしまうと、王のお叱りの言葉が待っているし、手持ちのゴールドも半分になってしまう。お金がなければ宿屋にも泊まれないし、武器も買えない。「ゼルダ」もそうだが、金がなければ何もできない資本主義の枠がばっちりとはめられているところが、現代人の自虐性にぴったりとマッチしているのだ。
(1986年11月20日、小林正樹『大人のためのファミコン必勝講座』より)
今ではほとんどのプレイヤーにとって自明視されているゲームの中で「金を使う」という行為をさして「金がなければ何もできない資本主義の枠がばっちりとはめられているところが、現代人の自虐性にぴったりとマッチしている」などという誉め言葉は2004年現在のテレビゲームプレイヤーにはまず出てこないだろうし、ドラクエ1のNPCのを見て単調だと思いこそすれ、「話好き」などと表現しようなどとは思わないだろう。
その後の「RPG」概念の変容をめぐって †
この語も「RPG」は「正統派RPG」などという言葉を関される形で多少の変容を遂げていくことになるが、「RPG」という言葉の定着は、おおまかにはこの『ドラゴンクエスト』の普及が決定的な役割をはたし、日本で「RPG」といえば、『ドラゴンクエスト』とその後『ドラゴンクエスト』と双璧をなす大人気シリーズとなる『ファイナルファンタジー』シリーズの二つにイメージが代表される言葉となっていく。
80年代後半に、「RPG」という概念ははじめて現在のような形での「定着」をみせていった。
なお、その後の「RPG」概念の受容をめぐる変遷については、下に年表の形で整理した。
表:「RPG」概念の受容をめぐる変化
| 1974 | RPGの誕生:ダンジョン&ドラゴンズ |
| 1980 | コンピューターRPGの「古典」の誕生:『ウルティマ』『ウィザードリィ』『Rogue』など。この頃、欧米でも「RPG」という言葉使われ始める。 |
| 1983 | 日本にコンピューターRPGが多く紹介される。 ジャンル分類としては、アドベンチャーのサブジャンルとして紹介 安田均などが、RPGは「世界観とゲームの融合したものである」という位置づけを持ちつつ、RPGを日本に紹介。 |
| 1984 | パソコンゲーム市場で、国産初とされるRPG『ブラックオニキス』のヒット。 |
| 1985 | 家庭用ゲーム市場で、アクションRPG『ハイドライド』『ゼルダの伝説』などのヒットでアクションRPGが「RPG」の代名詞に。 TRPGファンが「TRPG/CRPG」の区別を多用するように |
| 1986 | 家庭用ゲーム市場で初のRPG『ドラゴンクエスト』の発売、 |
| 1988 | 家庭用ゲーム市場で『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』シリーズの定着 「正統派RPG」という言葉の登場 |
| 1990 | シミュレーションRPG、アドベンチャーRPGなどサブジャンルが多数登場 |
| 1992 | 『摩訶摩訶』などが「RPGの常識を打ち破る」と宣伝 |
| 1996 | 『MOON』がアンチRPGという位置づけで登場 |
| 1997 | 『ファイナルファンタジーVII』が「銃とバイクでもファンタジー」として発売。「映画的」という言葉のイメージがネガティブに変化。 MMORPG『ウルテイマオンライン』がヒット。 |
参考(というかほぼまるまる引用) †
Ludologyを提唱するGonzalo Frascaの概念。日本語で言えば「押し付け感」とでも言うべきか。
ゲームをやっているときに感じるミッションを「押し付けられている」という感じをいだくこと。
分類と問題の構成 †
また、一言で「押し付け」とは言ってもいくつかのものを分けて考えてみることができる
- (A)プレイヤーが快楽的/自主的に選び取りたい、とういう自発的な動機への否定:やりたくもない経験値稼ぎなど(→直接に押し付けられている、というよりも、やりたくもないイベントでこれを求められると、大変にダルい気分に満ちてくる、という意味で。ときには、undermining効果。内発的的動機付けがうまく成立していない状態。ド・シャームの分類で言えば、originであるよりもpawnであると感じられるような状態。「〜への自由」が成立していない状態。)
- (B)体験選択のアーキテクチャの幅の狭さに対する不満:ストーリーが一本道でしかないことに対する不満、音ゲーなどで、決められた操作しか入力できない(自由な演奏ができない)ことに対する不満。状態を変化させる権限が内的な水準ではなく、外的な水準で制限されていることに対する不満)
- (C)プレイヤーを「観客」としてしまうことへの不満:ムービーシーンで、一切操作入力ができない時間に対する不満
など、「押し付け」という言葉によって一様に語られるていることにも意外と多くのパターンを見出すことができる。
(A)、(B)、(C)を構図的に整理してみると、
まず(C)では、まずプレイヤーが行為すること自体が否定されている。
次に(B)では、プレイヤーの行為そのものは否定されていないが、プレイヤーの行為の種類/選択肢の多様性が存在しないことが問題とされ、そこにプレイヤーの能動的なコミットメントの欠損が見出されている。
最後に(A)では、プレイヤーの行為を支える複数の選択肢の種類はは複数存在していることが前提としてある。だが、その中で勝利のための効率的な解として与えられる選択肢に強い偏りがあるため、実質的にプレイヤーの能動的に多様な戦略や楽しみを選び取る自由が奪われているということが見出されることになる。
これを、I.バーリンの「消極的自由/積極的自由」という概念に沿って考え直してみよう。消極的自由とは「決定の押し付けから逃げる自由」であり、積極的自由とは「主体的に決定ができることの自由」である。
ゲームの中における(A)(B)(C)の自由の喪失は、はたして消極的自由の喪失だろうか?それとも積極的自由の喪失だろうか?これを簡単に分類することは難しい。いずれにおいても積極的自由が成立していないという状況を見出すことはできるが、消極的自由についてはこれが疎外されている、と考えることがはたして妥当なのかどうかかなり微妙な問題である。
なぜか?ゲームにおける「押し付け」は人間対人間という構造においてではなく、アーキテクチャ対人間という構造の中で成立している。だが「消極的自由」という概念がそもそも、人間対人間というモデルを基礎付けにして成立している。ゲームを語る上で人間対人間というモデルにたった上での「自由」を語る議論は必ずしも効力をもたない。ゲームを語るとき、人間対人間、ではなく、アーキテクチャ対人間 という構造の上で議論を考え直していく必要があるということをこの一例は示している。*3
対応策 †
この押し付け感に対しては、例えば、以下のような議論をGonzalo Frascaは行っている。
- 1.「ミッションの内容自体の出来がよければ、押し付けなんか忘れて楽しいと感じるはずだ」
- 2.「ストーリー上で、ミッションに重要な意味づけがきちんと与えられていれば、押し付けではなくて、むしろ義務感がめばえてくる」
など。
また、言うまでもないことだが、「押し付け」というのは、単純になくせば済むようなものではなく、安易にこれを無くしてしまうと多くのゲームが、ゲームとしての構造そのものを破綻させてしまうことになりかねない。そもそもゲームのデザインをする、ということは「プレイヤーに何かをしてもらうこと」のデザインなわけだから、「押し付け」が消えうせることはおそらく永久にありえない。
ゲームの開発論議という視点から、この問題を語るとすれば「押し付け」そのものをなくすことではなく、「押し付け」とアーキテクチャの層と、「押し付け感」というプレイヤの感性の層を別の問題として区別し、「押し付け感」がどういったときに発生してくるのかを考え、「押し付け感」の部分に対する対処法を発見していくことではないだろうか。
そう考えると、Gonzalo Frascaの議論もゲームのアーキテクチャの層ではなく、プレイヤの感性の層の話としてしかこれへの対処法を語っていない、ということにも気がつくだろう。
Gonzalo Frascaは、「ゲームの持っている<勝つか負けるか>という二進法のロジックが、勝つためにはどんな手段でも用いるようにプレイヤーに推奨してしまうことで、それによって、どんな「シリアスさ」さえ台無しにされてしまう」として、コンピューターゲームで「シリアスなもの」を表現することが極めて困難であると主張している。その具体的な要素としては「再プレー可能性」(replayability)や、アクション可逆性(action-reversibility)といった点を挙げている。(→一回性参照)
物語表現や、ドラマティックな一回性のある体験というものが、「ゲームの論理」という別次元の論理と共存することによって生じた弊害という観点からの議論であるが、これに対して、Shuen-shing Leeは、むしろゲームシステムによってこそ、「悲劇」や「シリアス」さを表現することが可能である、と反論している。(→現実解釈としてのゲーム?参照)
関連 †
一回性、世界解釈
例えば「あとちょっとでクリアーできたのに」とか「あとちょっとで倒せたのに」という場合は「もう一回やらなければ気が済まんゾ。」という気分になってきたりする。あるいは「あとちょっとで死ぬかと思った」というのも緊張感があってよい。「これは全然話にならない」というぐらい難しかったり、簡単すぎたりすると今ひとつやる気がしぼむ。もっとも「あとちょっと」の度合いというのも上手いプレイヤーと下手なプレイヤーとか向き不向きとかあったりして調整が難しい。万人にとっての最大公約数的な「あとちょっと」ポイントのゲームバランスを作っていくのは実に大変な労働。(あとちょっと、というバランスを作るだけではなくそれをやってやろうというテンションを保たせることも大切)
この「あとちょっと」というリアリティがゲームのおいて大きな役割を果たす、というのは単にゲームの開発技法として注目すべきだ、という議論のみにはおさまらない。「同じ作業を何度もやりなおさせる」というような一般的には飽き飽きとさせるような行為を、強制的にではなく、自発的に促すという性質をゲームがもっているというようなゲーム・メディアの独自性をここに見ることも可能だろう。
パッと思いつく「おもちゃ」の定義といえば、「遊び道具」ということだろうが、おもちゃとは何か、という問題も「遊びとは何か」「ゲームとは何か」という問題同様に実はけっこうややこしい。おもちゃの定義としていくつか思いつくものをとりあえず以下にならべてみる。
- 1.「ゲーム」を成立させるための道具(将棋の盤と駒、バット)
- 2.ごっこ遊びの道具(人形)
- 3.大人の道具のミニチュア(子供用ミシン)
- 4.他者の代理(いとまき、人形)
- 5.工作などのための道具(粘土、積み木、塗り絵)
- 6.パズル(クロスワード、ピクロス、知恵の輪)
- 7.不思議なもの(手品、万華鏡)
- 8.かわいいもの、きれいなもの。宝物。(人形、万華鏡)
- 9.イリンクスのための道具(スケボー、スキー板)
"game"と"toy" †
ウィル=ライトは『シムシティ』はgameではなくtoyだと語る。これをコスティキャンは引き合いに出してでは、gameとtoyの境界線を分けるのは何なのか、と論じる。
コスティキャンはその境界線を「目的」の有無に見出す。「目的」をもって何か行為する場合は、目的の成立/不成立という結果をもって自動的に勝ち/負けといったコードとも強い関連を持つに至る。こうした「目的」をもってtoyを遊ぶことができれば、それはgameである、というのだ。
たとえば、『シムシティ』を単に何の目的もなく、自分好みの街を作ろうとするように遊べば、そのとき『シムシティ』は"toy"である。だが『シムシティ』をプレイする際に、人口を50万人まで増やす、という目的をもってプレイすればそれは勝敗条件が加わり、"game"として機能する、というのである。
情報環境、メディア論的な意味での「アーキテクチャ」と、経営学的な意味での「アーキテクチャ」について、それぞれ解説する。
濱野智史は、東浩紀、ローレンス・レッシグらの議論を参照しつつ、アーキテクチャという語を「情報環境」の言い換えとして採用している。下記、濱野の議論を要約する。(http://wiredvision.jp/blog/hamano/200705/200705231549.html)
- 1)任意の行為の可能性を《物理的》に封じてしまうため、ルールや価値観の内面化のプロセスが必要ない。
- アーキテクチャとは、法律のことでも、規範(慣習)のことではなく、行為そのものを原理的に制限してしまうような仕組みのことである。たとえば、「自動車にアルコールの検知機能を設置し、そもそも飲酒している場合にはエンジンがかからないようにする」という規制方法などがそれにあたる。「アーキテクチャ」は、どんな考えや価値観の持ち主であろうと、技術的・物理的にそこに従わせてしまうことが可能なものである。(東浩紀は、価値観の「内面化」プロセスを必要としないという点を、フーコーの「規律訓練型権力」と対比させ、「環境管理型権力」という概念を提示する。白田秀彰は、アーキテクチャによる法の実行を、一般的な法の実行形態と区別し、「法の完全実行」と呼んでいる。)
- 2)さらにその規制(者)の存在自体を気づかせることなく、被規制者が《無意識》のうちに規制を働きかけることが可能
- このような「アーキテクチャ」を基盤にした権力装置の下においては、行為をコントロールされている側が、行為をコントロールしているものの存在自体に気づくことが難しくなる。たとえば、「マクドナルド化」(マクドナルドにおける客に対する工学的管理方法)と名指されている事態などは極めて気づくことが難しい。あるいは、DRM(電子著作権管理)技術や、CCCD、コピーワンスなどもこの例として挙げられる。
以上、アーキテクチャとは、人間によって作り替えてしまうことが可能な、行為の環境である。アーキテクチャ=インターネットやVRの世界は、この数十年の間に急速に拡大を迎えてきている。「アーキテクチャ」の操作による、人間の行為・意識の変容といった事態は急速に深刻な事態として現れてきた。論争となっている際たる事例は、著作権論争にだが、アーキテクチャの構築/操作をめぐる最も先端をゆく世界の一つは間違いなくコンピュータ・ゲームの世界だろう。
同じく、濱野による「アーキテクチャ」という観点からゲームについて論じたものとしては、下記二点がある。
- 濱野智史,2007,「第17回 「マリオカート」と「ニコニコ動画」の共通点」(『濱野智史の「情報環境研究ノート」』)
- 濱野智史,2008,「Googleを攻略せよ ―情報環境≒ゲームを通じた「学び」の可能性」(『未来心理』vol.12 モバイル社会研究所発行)
手前味噌ながら、下記も同様の問題意識に基づくものである。
- 井上明人,2006,「第17回: オンラインゲームの現在 ―拒否されるゲームジャーナリズム―」『情報通信ジャーナル』所収
藤本隆宏は、日本の自動車産業の競争力について論じる文脈の中で、「アーキテクチャ」の概念を「どのようにして製品を構成部品や工程に分割し、そこに製品機能を配分し、それによって必要となる部品間・工程間のインターフェイス(情報やエネルギーを交換する「継ぎ手」の部分)をいかに設計・調整するか」と位置づけ、i.モジュラー型(組み合わせ型)/インテグラル型(摺り合わせ型) ii.オープン(開)型 /クローズ(閉)型のという類型を提示している。
- モジュラー型とインテグラル型(機能と部品の関係性、部品間の相互依存度についての分類)
- モジュラー型アーキテクチャとは、機能と構造(部品)の対応関係が一対一となっており、部品関係の相互依存性が低い設計物を指す。代表的なものとしては、IBM/360などが挙げられる(→関連:モジュール化)。一方で、インテグラル型アーキテクチャとは、機能と構造(部品)の関係が錯綜しており、特定の部品が特定の機能と一対一対応になっていないようなもののことである。代表的なものとしては、自動車が挙げられる。
- オープン型と、クローズ型(インターフェイス公開度合いについての分類)
- オープン型アーキテクチャとは、部品間を連結するインターフェイスについての規格が、個別の企業を超えて共有され、業界標準となっているようなものである。基本的にモジュラー型であり、代表的な事例としてインターネットのTCP/IPや、パッケージソフトとハードウェアの関係性などが挙げられる。一方で、クローズ型アーキテクチャとは、インターフェイスについての情報が、一つの社内で囲い込まれているような場合のことを指す。
上記の二分類×2のセットから、藤本は表1のようなマトリクスを作り、三つの類型がありうることを指摘する。
| インテグラル ← | →モジュラー |
クローズ (囲い込み) ↑ | クローズ・インテグラル | クローズ・モジュラー |
↓ オープン (業界標準) | - | オープン・モジュラー |
ゲーム産業においてこの三類型を当てはめると、おそらく以下のようになるだろう。
- 1.クローズ・インテグラル
- 一つの社内で、特定のゲームエンジン(ミドルウェア≒インターフェイス)を共有せずに、開発を行っていくようなソフトウェア開発スタイル。中・小人数によるアジャイル型開発のような場合には、その柔軟性の強さから強力に機能する場合があると考えられる。
- 2.クローズ・モジュラー
- 一つの社内で、ゲームエンジン(ミドルウェア≒インターフェイス)を共有しながらのソフトウェア開発。例えば、カプコンやEAなどが挙げられる。自社でゲームエンジンを開発する体力のあるような大手の開発会社での、大人数での開発には適したスタイルだと考えられる。
- 3.オープン・モジュラー
- ゲーム業界全体で、ゲームエンジン(ミドルウェア≒インターフェイス)を共有しながらのゲーム開発。例えば、Unreal Engine3や、Doom Engineなどミドルウェア産業が強力に機能している北米のゲーム業界の状態は、この状況に近い(ただし、きわめて高価なミドルウェアであるためミドルウェアを「共有している」という状況とは違うだろう)。自社でゲームエンジンを開発する体力のない、中小のゲーム・デベロッパーが開発を行う際の業態としては適した状況だと考えられる。
- 日本国内では、nScriptや、吉里吉里といったミドルウェアを公開ミドルウェアをベースに中・小規模開発を行っている美少女ゲームのノベルゲーム界隈などは、ほぼ完全な、オープン・モジュラー型であると言える。
- または、ゲームハード/ゲームソフトの分離、インターフェイス公開の状況も準オープン・モジュラー方式と言うべきだろう。とりわけ、プログラム仕様を公開してサードパーティによるゲームソフトの開発・販売を可能としていた、Atari VCS(Atari 2600)などは、ほぼ完全なオープン・モジュラー方式である。一方、任天堂やソニーなどハードメーカーによるソフトウェア販売の「許諾」を必要とするような方式は、準オープン・モジュラー方式と言うべきだろう。
参考
ジャンルの成立と変遷 †
ジャンルの呼称としては1983年ごろに頻繁に使われ始めた。
それまでは、アクションという言葉が使われずに「反射型ゲーム」「ゲームセンターであるようなゲーム」「アーケード」「リアルタイムゲーム」などという呼称が乱立していた。83年にジャンル区分けがなされるころに使われ始めた後、84年にゲーム雑誌等のレベルで普及していく。おおまかに「反射神経に頼るゲーム」という意味では、現在の意味と近い。
80年代中盤ぐらいには、まだ「アクション」の分野に含まれているジャンルが現在と比べて非常に多かったという特徴がある。たとえば現在なら「シューティング」として独立したジャンル名称を与えられているジャンルの当時では「アクション」のサブジャンルとして語られていたし、「スポーツ」などもアクションのサブジャンル扱いを受けている。それらのジャンルがサブジャンルとしてではなく、独立した一ジャンルとしての扱いをうけるようになってくるのは、「シューティング」は80年代中盤〜後半にかけて、「スポーツ」は80年代後半になってはじめて、といった具合だった。
「アフォーダンス」はアメリカの心理学者のギブソンが作った造語。「説明しなくても意味が与えられるもの」ということ。桝山寛が『テレビゲーム文化論』(2001)にて説明している。
単に直感的に理解できるインターフェイスをデザインすること?といった感じの意味だという理解が一般になされているが、もうちょっときちんと説明をすると、人間がモノに向かって行為したときに、そこで返ってくるフィードバックを手がかりに、モノに対してどういう風に扱えば最適なのかというバランスを人間は調整していく。モノに対してなんらかのアクションをしかけることではじめて、人間はモノに対する関わり方を了解し、調整する。そういった形の環境世界と生物との相互関係の中での意味理解・調整の発動のありかたのことが「アフォーダンス」と呼ばれている。(というのが、私の理解。)
日本で読めるわかりやすい入門書として『アフォーダンス―新しい認知の理論』(佐々木正人、1994)、『知性はどこに生まれるか』(佐々木正人、1996)などを私は読んだが、詳しい友人に言わせれば、日本でのアフォーダンス理論の受容は、あまりにも佐々木正人さんに集約されすぎて「佐々木アフォーダンス」といえるような節があるため、きちんとギブソンの『生態学的視覚論』を読むべし、とのこと。
特にスクウェア・エニックスの作品などでは昔から深く意識されていることであるといえる。ゲームの世界観を保ったり、プレイヤーにゲームをプレイするテンションを保ってもらうために、ディズニー的なイメージの管理をほどこすこと。グラフィック、音楽はもちろん、インターフェイス、セリフのセンスなどにわたってイメージ管理が施されていないとちょっと雰囲気がよくない。
こうしたイメージ管理の徹底は、作品内においてなされると同時に、作品の広報・プロモーションにおいても重要視される。たとえばディズニーはディズニー作品を無断で用いた擬似商品などの流通を徹底的にとりしまることで、ディズニー商品のクオリティに一定の担保を図ろうとしている。
しかし、ディズニー的なイメージ管理戦略をゲーム会社がとるということは諸刃の刃であるともいえよう。(1)まずは、ゲーム内のキャラクターがプレイヤの想像力に喚起されてポリフォニカルに戯れるためには、そのソースとしてのキャラクターのイメージが無残な消費のされ方をしないように管理していくことはまずは重要な意味が認められる。(2)だが、おなじく、ゲームというメディアはその性質からして*4、ゲームプレイヤによるどうじん的文化と極めて強く結びつくような性質をもつものであり、どうじん文化によって逆に作品そのものがエンパワーメントさせられるという側面がある。
例えば、『ドラゴンクエスト4コマ漫画劇場』シリーズはどうじん的な文化との親和性を上手く利用したものであると捉えることができるが、一方においてはスクウェア・エニックスによる著作権上のとりしまりの厳しさは一部のゲームプレイヤからの反感もまた買っている。実際に、スクウェア・エニックス社内においてどうじん誌を発行したことによる退職問題などといった事件も噂として流されており、この折り合いをどのようにつけていくのか、というのはゲームのパブリッシャーにとっての一つの課題であるといえよう。
眩暈(イリンクス) カイヨワの遊びの四分類の中の一つ。メリーゴーランド、ぶらんこ、ワルツ、スキー、登山、空中サーカスなど。(『遊びと人間』)
コンピュータ・ゲーム、あるいは遊びをめぐる批判の一つとして、人間の自覚的な選択、責任といった範疇の外側の領域に拡がる、「イリンクス(目眩)」をめぐるものがある。それは、カイヨワにおいても次のように懸念されている。
「なにか魅惑的なものに引きつけられることをすべて眩暈と名付けねばならないが、その最初の作用は、不意に生存本能を襲ってそれを麻痺させることである。その結果人間は自らの破滅に向かって引きずられ、自分自身の滅亡の幻影ヴィジョンそのものの働きから、恐怖によって彼を誘惑しようとする牽引力に逆らうまいという信念のようなものをいだく。この強い牽引の力は、否(ノン)と言うための力を奪ってしまうが、よく考えてみれば、この拒否の力の中にこそ、理解力のある思考の土台と自由な決断の基礎とが同時に認められるのである。[中略]眩暈はまずもって人間の自律性を破壊する」
(ロジェ・カイヨワ『本能』p.55、強調部分筆者)。
このような観点から、イリンクスを批判的を検討していくことが、ゲームの悪影響論を考えていく上での争点になっていく。
ここで何点か確認しておこう。
- イリンクス=ゲーム、遊びの全てか。
- イリンクスへの批判とは「ゲームや遊びに関わることによって全ての人々が判断能力を失う」という批判とは必ずしも一致しない。カイヨワも挙げている通り、「遊び」の楽しみとは、多元的なものである。ミミクリ(模擬)、アレア(賭け)、アゴン(競争)、などの様々な要素がある中でその一つとしてイリンクスは存在しているに過ぎない。
- イリンクス=善悪を問えるか
- 「イリンクス」という領域の特徴は、それが良くも悪くも意識的な思考や判断力の外側に位置するものだ、ということである。それゆえに、イリンクス自体が悪か善か、といった問いはある意味でナンセンスである。悪を選び取るわけでもなく、善を選び取るわけでもなく、「判断せずに選び取ってしまうようになる」ものである。それゆえ、そこには、責任を引き受けるべき主体の「選択」というような行為を見て取ることは難しくなる。たとえば、快楽中枢を電気で刺激して操られているマウスのような生物について、マウス自体の責任を問うことは難しい。
- 参考
- 近藤秀樹「「遊び」と「虚構」――カイヨワ『遊びと人間』を読む――」2008
- カイヨワ『遊びと人間』(増補版)多田道太郎・塚崎幹生訳、講談社学術文庫
- カイヨワ『本能 その社会学的考察』野村二郎・中原好文訳 思索社 1974
ゲームにおけるインターフェイスとは何だろうか、と考えてみると、いくつかの段階に分けて考えられる
- (1)コントローラー、キーボードといったデバイス(ハードウェア)
- (2)モニター上に投影されている矢印など (ソフトウェア1)
- (3)モニター上のプレイヤーキャラクターの身体 (ソフトウェア2)
インターフェイスの設計は、インタラクティビティの設計に関わるもっとも重要な要素であると言えるが、アーケードゲーム、家庭用ゲーム、PCゲームによってインターフェイスはまったく別の発展を遂げている。
アーケードゲームの場合、コントローラーやキーボードといったデバイスは、筐体ごとに自由にデザインされてきた。
一方で、家庭用ゲームや、PCゲームは、ゲームマシンやPCといったインターフェイスが最初から所与の条件として与えられているため、ソフトウェアのインターフェイスのデザインが発展することとなった。
コンピュータ・ゲームのインターフェイスデザインは、コンピュータ史にとっても大きな意味をもっている。たとえば、スティーブ・ジョブズが、元アタリの社員であった。
インターフェイスは、ゲームにおける身体の問題と直接に関わるが、たとえば、次のような議論がある。
(東浩紀他『不可視なものの世界』P251〜252 )
「現代思想系の身体論はたいてい「計測不可能性」に焦点をあててきたわけだね。世界の表面には言葉で文節化された―――丸山圭三郎の言う「言分け」された世界があって、その下に記号では文節化できない身体があるといった話ね。メルロ=ポンティ風にいえば、まさにその身体こそが「見えないもの」なわけだけど、これはつまり、浅い/深い、見える/見えない、計測可能/計測不可能の対立でできている世界観だ。けれどオタクの身体性はどうも違っていて、もっとガジェット感覚というか、身体も機械みたいに捉えられている。
実際、そういうことは現代思想でも八〇年代から言われ続けていて、サイボーグとかテレプレゼンスとかが注目されているのは、そういう文脈だよね。
(中略)
実際に、その変化が九〇年代に最もラディカルに現れたのが格闘ゲームの身体でしょう。三つのボタンのみを媒介にキャラクターと同一化する、というのはつまり、まったく計測可能な約束事でしかないのに、プレイヤーはそこに計測不可能な身体を感じてしまっているということだよ。ボタンをそのまま身体として感じられる、というのはとても不思議な現象だと思うんだ、少なくとも、メルロ=ポンティのような身体論では説明できそうにない」
「双方向性の」「対話式の」という意味を表す、interactiveの名詞形(英語)。例えば「ボタンを押す」という動作をプレイヤーが起こすと、ゲームの側で何かの「反応を返してくる」ということは、互いにアクションを起こすわけだから「Inter」+「Active」。
これこそがビデオゲームの本質的な要素である、と指摘されることの最も多い用語の一つ。「インタラクティビティ」がゲームにとって重要な要素の一つであることは確かだが、インタラクティビティだけが特権的に「これぞゲームの本質」として無反省に祭り上げられるのはちょっと、いかがなものか。
また、細かい議論で恐縮だが、「ゲームなんてただのプログラムなんだから、こっちのアクションに対して、ゲームがアクションを返してるんじゃなくて、単に<ボールを落としたらボールが落ちる>というような物理現象とたいしてかわらないんじゃないの?」とかそういう話をする人もいたりして、「じゃあ、インタラクションっていうのはどういうことさ」ということを、こういう形で聞かれると、結構みんな答えにつまってしまう。
ここで強引に答えてみると「インタラクション」の問題系統の整理の仕方は「Inter」と「Action」の二つにわかれる。
「Inter」というのはつまり、主体と主体の間で情報の送信と受信がきちんとなされているか、という問題。主体と主体はきちんと結ばれているか、という問題である。
それに対して「Action」というのは、例えば、テレビゲームというのは「私」と「何か」の間でのやりとりが成立しているわけだが、「私」と「何か」は本当にActionを起こしているのかどうか。「何か」は本当に自律的な意志を持った主体なのかどうか。という私に対する「何か」の主体としての認定論に関わってくるという系統の問題である。人間の友人は確かに「主体」かもしれないが、人工無能だとかと言われる擬似AIなどは「自律的な意志をもった主体」として、人間と同格の存在として認めていいのかどうか、という問題が残る。
で、まあ、だいたい、現在インタラクションとか何とかと言っているのは、厳密には、「Inter」の部分だけで「Action」の部分が本当にあるのかどうか、と言われるとそれはちょっとあやしい。だから、「インタラクション」みたいな「ヒト対ヒト」という主体間の関係性を想定した相互作用の言葉を使うんじゃなくて、「アフォーダンス」みたいな、「ヒト対モノ」「ヒト対環境」のフィードバックを想定した概念を用いた方がビデオゲームを語るのに適当な概念だ、という人もいる。個人的には、そこんとこに、こだわらない人は「インタラクション」でも別にいいと思うけど、こだわる人は「アフォーダンス」を推奨。「いや、俺はそんなわけのわからん言葉は使わん!」という人は、「俺のヤマト言葉」で新しい言葉を作ってみることを推奨。
参考:
エリック・ジマーマン『Rules of Play』:過去の「interaction」の定義をいろいろと参照している。
安川一 1993 『現代のエスプリ』掲載論文
ある業界における、企業間連携や、人材間の連携の動的構造は、しばしばエコシステム(生態系)として捉えられて説明がなされる。
A.企業間連携について(キーストーン戦略) †
マルコ・イアンシティと、ロイ・レビーンは企業間の連携における役割を、大きく三つに分類する。1.キーストーン種、2.ハブの領主、3.ニッチ・プレイヤーの三種類に分類する。
- 1.キーストーン種
- Microsoft Windowsなど。エコシステム全体を活性化させるような役割を果たす、ハブ的存在。
- 2.ハブの領主/ハブの支配者
- エンロンなど。エコシステム全体の中で、エコシステム全体にとってのハブとして機能するが、ハブとしての役割を利用して、他の企業から利益を簒奪するような戦略を採る企業。エコシステム全体を活性化させることができない。
- 3.ニッチ・プレイヤー
- 特にハブとしての役割を担わないような、個別の事業者。
キーストーン種が、システム全体の一部しか担わないのに対して、支配者は「システムの大部分を占有し、自ら排除した種の機能を乗っ取ったり、他の種の機能そのものを除去してしまうという性質を持つ」という。
また、ハブの「支配者」はネットワークをコントロールすることに注力し、価値獲得と価値創出の双方に単独で責任を負う。ハブの「支配者」は、システム全体の価値を必ずしも下げるわけではない。ただし、エコシステムそのものが、半自動的/サステイナブルに駆動するような状況を作り出すことができない。一方で、ハブの「領主」は価値横奪のみに注力する存在となる。
「キーストーン種」なのか「ハブの支配者」なのかという見極めは少し難しいが、ゲーム産業の例で言えば、
- 1.任天堂や、ソニーといったハードメーカーは、基本的にはキーストーン戦略を採り、実際ある程度までキーストーン戦略が成功しているという側面が見受けられるというべきだろう。だが、2006年〜2007年にかけての日本のゲーム産業における売り上げ比率を見てみると、任天堂一社の占める割合が著しく計らずしも、「ハブの支配者」になりかけている、という状況がみてとれる。
- 2.欧米における、ゲームエンジン・デベロッパーなどはキーストーン種としての位置を上手く成立させている、と言えるだろう。
B.人材間の連携について †
例えば、ウィル・ライトがシムズ・コミュニティなどのCGMサービスについて、エコシステムの比喩で語っている。
(→井上明人 2008,「CGMサービスにおけるユーザーの振るまい」『智場111号』参照)
参考:
- マルコ・イアンシティ/ロイ・レビーン,2007,『キーストーン戦略』翔泳社
- 井上明人,2008,「CGMサービスにおけるユーザーの振るまい」『智場111号』国際大学GLOCOM
カイヨワは20世紀フランスの思想家。社会学、哲学、文化人類学などに業績を残している。ゲームに関する議論で主に扱われるのは1958年に出版された『遊びと人間』である。カイヨワの議論の対象はフランス語における遊び"Jeux"についてであり、「ゲーム」についての議論ではない点に注意を払いたい。
定義 †
『遊びと人間』の中でカイヨワは以下の6つの要素により「遊び」を定義した
1.自由な活動
2.隔離された活動
3.未確定の活動
4.非生産的活動
5.規則(ルール)を持った活動
6.虚構の活動
分類 †
その定義の上で、カイヨワは「遊び」を、
1.競争(アゴン)、2.運(アレア)、3.模擬(ミミクリ)、4.眩暈(イリンクス)
の四つの基本要素によって分類可能であることを主張した。
ゲーム関係の議論だと以下の図がしばしば、不用意に引用される。
だが、それは日本のコンピュータ・ゲームの論者の不注意だといっていい。実はカイヨワ自身の作った構図ではなく、翻訳者の多田道太郎が、ホイジンガの発想を借りながら独自に図式化したものに過ぎないので、以下の分類図は日本でしか流通していない。そもそも、カイヨワの4分類において用いられる四つの遊びの類型は、イメージこそわきやすいが遊びを要素として抜き出したものであって、網羅性とは結びつかないのだが、日本ではカイヨワの分類が網羅性を持つという勘違いが(特にゲーム関係の文脈では)広くひろまってしまっている。
意志
↑
競争│模擬
ルール←──┼──→脱ルール
運 │眩暈
↓
脱意志
意志
↑
脱 競争│模擬 脱
所 計算←──┼──→混沌 自
属 運 │眩暈 我
↓
脱意志
もちろん、これはこれで、分析概念として面白くもある。だが、「A/非A」の構造を持つ対立項に、「B/非B」の二つをかけあわせてれば、なにをどうしようが網羅性は確保されるのであって、「A/非Aという構造が網羅性を持つ」というのは発見でもなんでもない。(たとえば、「全ての空間はトイレとトイレでない空間に分類される」という分類であっても空間についての分類としての網羅性を持ちうる)
問題は、A/非Aの境界を引くことによって何が明らかになるのか、ということである。
分析 †
カイヨワの分析対象は、遊びそのものではなく、『遊びと人間』というタイトルからもわかるように、遊びが人間社会の形成にとっていかに影響しているのか、という点である。
そこでカイヨワは人間社会は「遊び」という変数をもとに人間社会を次のようにマッピングしてみせる。
こうした比較や、相互関係を通して「遊び」という変数が社会にどのような影響を与えているのかを考慮してゆく。
ルドゥスとパイディア †
「ルドロジー」の研究文脈では、アレア、アゴン、ミミクリ、イリンクスではなく、カイヨワの提示した概念の中でも「ルドゥス」と「パイディア」という分析概念のほうが主に使われる。
ルドゥスとは、形がはっきりとしたルールなどもある程度まで確定的な遊びのことであり、パイディアとは、子供の遊びのような比較的縛りのうすい遊びである。
分析のしやすさ、という点からゆくとルドゥス的な遊びのほうが、パイディア的な遊びよりも、分析の俎上に載せやすく、『Rules of Play』などでもそういった形の遊びが中心的に扱われている。
批判 †
カイヨワへの批判は数多くある。「遊び」の概念的分析の妥当性に関する批判としては、たとえば、ジャック=アンリオ『遊び』(白水社、1986)などを参照のこと。
遊び論に関しての発展や、先行研究についての紹介としては、山田敏『遊び論研究』 (風間書房、1994)や、高橋たまき・中沢和子・森上士朗『遊びの発達学−基礎編−』 (培風館、1996)などを参照のこと。
その他、参考文献についてはhttp://www.critiqueofgames.net/data/booklist_date.htmlを参照。
参考:ロジェ=カイヨワ『遊びと人間』多田道太郎・塚崎幹夫訳 講談社学術文庫
ムービーシーンの中でも、特にユーザーが操作不可能になるシーンを「カットシーン」と呼ぶ。
欧米のゲーム開発教育などでは、いかにカットシーンを使わずにうまくストーリーテリングをするか、というようなことが教えられているらしい。
ジャンルの成立と変遷 †
「ギャルゲー」「エロゲー」「美少女ゲーム」「アダルトゲーム」「恋愛シミュレーション」……似たような言葉であるが、それぞれ、微妙に意味が異なっている。四つの言葉の意味のバランスがいつ、どのように変わったかについてすべて詳細に記していくと、大変長くなるので、省略する。
「ギャルゲー」という言葉について中心的に見ていくと、この表現が登場するのは、おそらく80年末ごろぐらいから使われ始めたのが初期の使用だと思われる。使用法は、90年代中盤の大ヒットゲーム『ときめきメモリアル』以前/以後でかなり変化が見られ、90年代前半には、「女の子がウリになっているゲーム」や「女の子のキャラクターが出てくることを楽しみながらプレイできるゲーム」というようなきわめて広い意味で使われる。あるいはそこにエロティックな表現が含まれるかどうか、ということで、「エロゲー」との差異において「ギャルゲー」という名称が用いられることが多かった。それが、『ときめきメモリアル』のヒット以降は、「女の子と恋愛することを主眼にすえたゲーム」という「恋愛」行為がゲームの中に入り込んでいるかどうか、という要素によって「ギャルゲー」が語られることが増えてくる。
このことによって、90年代前半/後半で「ギャルゲー」だったものがそうでなくなってしまったゲームを挙げると、例えば『ワルキューレの伝説』『マドゥーラの翼』等といった、単に女の子が主役(プレイヤーキャラクター)であるゲームが「ギャルゲー」という扱いを受けなくなってきた。
ジャンルの成立と変遷 †
はじめ使われはじめたのは87年ごろの「Beep」誌上のみうらじゅんによるコラムである、といわれている。これに類似した言葉使いとしては、「ダメゲー」という言葉が「迫るダメゲーの嵐!」として1986年9月19日号のファミコン通信の表紙の掲載されているトピックスとしてある。「ゲーム」を「ゲー」と省略する、という使用法がこの頃すでに存在していたようである。「クソゲー」と表現する以前にこのような類似表現が使われていたことは面白いが、この言葉以前は、単に「期待はずれのソフト」「面白くなかったゲーム」といった表現が使われていた。みうらじゅんが使用しはじめた後、他の雑誌でもこの表現が多く見られるようになるのが、80年代末。
1998年に書籍『超クソゲー』が発行されたことで、単につまらないゲームをけなす、というのみならず、つまらないゲームを、「ネタ」として消費する文化を生み出している。「クソゲー」に関する出版物をみてみると、1992年に一件出た後、1998年の『超クソゲー』が出た年にまとめて5件も出版され、その後も、99年2件、2000年1件、2001年2件、2002年2件、2003年1件、 2004年1件、と定期的に出版されており、確実に一定数の読者がみこめる分野として定着している様子をうかがうことができる。
→バカゲー?
クリス=クロフォードは、アタリ期のゲームデザイナーとして『バランス・オブ・パワー』などを制作し、ゲームの理論家としても知られている。
バランス・オブ・パワー デザイナーズノート †
『バランス・オブ・パワー』の制作時に何を考えたか、という話が載っている。
クロフォードによれば「ゲーム」の分類は、以下の5つになる。
1.ボードゲーム:各自のコマがボード上でどんな位置関係にあるかを分析することが最大の関心事
2.トランプゲーム:カードの組み合わせを分析することが最大の関心事
3.体を使うゲーム:勝つために自分の体を効率良く動かすかが最大の関心事
4.子どもたちのゲーム:いかに社会的なスキルを使うかである
5.コンピュータゲーム:
※下記の記事は5年以上前もので、現在はかなり変わっています。井上による2008年7月現在のゲームの定義論については、モバイル社会研究所発行の機関紙『未来心理 vol.13』http://www.moba-ken.jp/theme/msr/msr_cover/msr_013 にて掲載されたものをご参照ください。
→「遊びとゲームをめぐる試論 ―たとえば、にらめっこはコンピュータ・ゲームになるだろうか―」http://www.moba-ken.jp/wp-content/pdf/vol.13_inoueakito.pdf
ゲームの定義はさまざまなものが提出されているが、当サイトではとりあえず以下の三条件を「狭義のゲーム」の成立要件とかつて、していた(ただし、ビデオゲームが必ずしも以下のような意味での「ゲーム」である必要性があると論じるつもりはない。ビデオゲームと狭義のゲームはイコールの関係にはない)
- 1.ルールのよって行動のパターンが限定されていること
- 2.行為、行動、意思決定の指針が目標や評価システムによって方向付けられていること。
- 3. ゲームの参加者のとった行動(選択)の差によってゲームの結果および過程が異なるものであること。
もっとも、こういった「ゲーム」の定義を行う基準は、数多くのものが考えられ、細かい話をすれば、あの場合はどうなのか、この場合はどうなのかというようなところで、重箱の隅をつつくような議論が何ヶ月も繰り広げることができるような議論である。だが、そういった議論というのも結局は、「ゲーム」の範囲設定をどの程度のところまで置いて考えるか、と